腕に張り付く水草も袖に潜り込んだ小魚も、今はどうでも良い。
鴉の濡れ羽色。まさにそれだ。絹のような美しい髪が扇のように広がっていた。
黒い着物が、しっかりとした質量をもって沼に浮いていた。
彼の妹はどこぞの男と心中してしまったし、羅刹を指揮していた鬼は血に狂って砂塵となった。彼の世界は彼だけで成り立つように変化した。勿論私の出る幕など無いと心得ているが、それでも、これはまずいな、と少し焦ったと思う。目的も、目的を与えうる人物も失ってしまったら、人はどうなってしまうのだろう。
カラッと晴れた夏の日。刀を磨いている筈の彼の姿が見当たらない。
「薫!」
鬱蒼とした森を抜けた先に、蒼く濁る沼がある。相談事をするときはいつもそこへ行った。
葦や菅を掻き分けてたどり着く中央になにがあるのか、私は知りたくなかった。