花吐き乙女パロディ
「貴女のつくったお菓子が食べたいです」と、まるで告白のようなものをされて、ここまでついてきた。彼にとってはそのままの意味でも、私は嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、それから虚しくなった。この想いはどこまでいっても一方通行だ。
ある日、突然吐き気がして、その場に嘔吐した。しかし吐き出されたのは汚物ではなく、艶やかな花々。アネモネ、金魚草、スイートピー、プリムラ、雪椿。美しい紅の花弁が床に散らばる。しばらく呆然としていた私だったが、隣の部屋から私を呼ぶ声がして我に返った。
これは、隠さねばなるまい。
両手一杯に花を拾い、適当な紙袋にバサバサと落とし入れた。芳しい花の香りが僅かに漂っていたが、これくらいならLは気にも止めないだろう。紙袋はソファの後ろに置く。
ガチャリとドアが開き、顔だけ出したLが不満そうに私の名を呼んだ。
「なにをしているんですか」
「少し、部屋の片付けを。えっと、お菓子?」
「ええ。お願いします」
頭が引っ込む。ふう、とため息をついた。バレてない。
「花の香りがしますね」
勢い良く顔を上げた。今度は目の前にLがいる。反射的に飛び退いてしまい、彼は不審そうな顔をした。心臓が苦しい。
「今朝、頂いたので」
彼に嘘など通用する筈もないが、真実を言うわけにもいかないので、拙いでまかせを言った。頼む、追求しないでくれ。
Lは数秒黙り込んだ。指をくるくる回しながら、何やらぶつぶつ呟いている。
「あの、L?」
「……たしか、貴女には恋人がいなかったと思いますが」
「え?」
「薔薇の花びらが落ちています。こういう花は恋人に渡すものでしょう」
こいびと。Lの口から"恋"という文字が出てきたことに動揺し、よろよろと後ずさった。恋。恋人。花と恋。
「恋愛は禁止ではありませんが、仕事時は此方を優先して下さい。……大丈夫ですか?」
「いや、いえ、そんなっ恋人なんてそんな! 違います、これは余り物というもので、ええと」
「落ち着いてください。禁止ではないと言っているでしょう」
お菓子頼みますね、と言い残し、Lは部屋へ戻っていった。私は床にへたり込んで、落ちていた花弁を拾い上げる。柔く、深みのある赤。
興味など欠片もない様だった。嫉妬など言うまでもない。
花を吐いた。勿忘草、サルビア、青の花々。胃液が込み上げてきて、躊躇わず出した。零れたのは、紫陽花の花弁だった。
ふと、恋い慕う悲しみが花になったのだと思った。甘い芳香が鼻先を撫で、どうしようもなく寂寥が滲む。いつ突き放されるか分からない。いつ手を離すかわからない。私の作る甘味など、取るに足らない砂糖と小麦粉、その他の塊だ。
花弁を掻き集め、再び紙袋に放り込んだ。涙は花にならなかった。
「キラ事件を解決するために日本へ行きます」
その一言を聞いて、ああやはりと思った。
「ついていくことは出来ますか」
「無理です。危険すぎるので」
「お菓子、どうするんですか」
「店のものでいいです」
「……私に出来ることはありますか」
「ありません。今までありがとうございました」
Lはいつも一人でいってしまう。
誰もいなくなった部屋で嘔吐した。カザニア、金雀枝、蒲公英。
Lが日本へ行ってしまってからも、片恋の花を吐き続けた。
一度だけ、電話がかかってきた。非通知の番号にもしやと思ったが、電話口から「もしもし、私です」という声を聞いて、思わず息をのんだ。
「ひぇっ! え、ええ、えりゅっ、える?! なに、どうしてなにがLが電話で」
「落ち着いてください」
咳き込んだ拍子に花が零れる。ラベンダー。強い香りが部屋に漂い、更に咽た。
「変わりませんね、貴女は」
「へ、へえっ?」
「……安心しました。それでは」
「それだけですか?!」
「……? ああ、お菓子は大丈夫ですよ。貴女の作ったものが時々懐かしくなります」
「え……」
「では、お元気で」
途絶えた声。反響する言葉。頬が緩み、眦から涙が滑る。クレマチス、菫、ライラックが口から溢れた。
片恋の病なら、両想いなら治るのか。成就すれば、花吐きは治るのか。この苦しみは終わるのか。……一生治らなそうだ。
Lが死んだと聞いてから一週間経った。何を食べいつ誰に会ったのかまるで覚えていない。心がぽーんと投げ出され、何をすればいいのかわからない。時々吐いたから、それで自我を保てていた。……同時にLを思い出したけど。
パソコンで、新聞で、Lの情報を探す。彼の死は露見していない。誰も彼が、甘党で靴下が嫌いでかなり変わった彼が死んだのを知らない。世界の為に戦っていたのに。
仕方のないことなのに悲しくてしょうがなかった。
L、私は知っているよ。覚えているよ。まだ好きです、あなたが。出来ることならあなたを追いかけたいぐらいだ。事あるごとに咳き込み嘔吐し花が増えていくのは耐えられない。死にたい。
「新着メール一通」
どうせ迷惑メールだろうと思ったが、外界との接触が欲しくてメールを開いた。
お菓子→like,愛× make...?
hart changes→flower...illness? ancient or,新ウィルス 嘔吐
薔薇 恋人 ?? her family...
日本 お菓子 彼女
× × call?
好き→like 彼女?
___ _ ____
=I love you.
メモとしか思えない内容。英語と日本が混じっていて、それでも最後の文だけはしっかりと母国語であった。
私が花を吐いていること、知っていたのか。調べてくれたのか。
最後の文字が、切なかった。これは私に向けてなのか、そもそもこれはLからのメールなのか。何もかもわからなかったけれど、もう吐き気はない。
さっき吐いた桜が床に落ちている。
両想いになれば、治る病気
でももう貴方はいないじゃないか。伝え合ってなどいない。こんなの両想いに入らないだろう。ねえ、なんでもう吐けないの。私今でも寂しいよ。苦しい。焦がれてる。
花吹雪の中で微笑むきみは
___
花吐き様へ提出
ありがとうございました