「秋になりましたねえ」

 はあっとはきだした息が手のひらを覆う。水蒸気の温風では、一瞬じわりと温かくなるものの、すぐに冷えてしまう。一歩先を行く彼の手を掴もうか掴むまいか悩みに悩んで、結局両手はポケットにしまった。

「そーだな。……つーか、もう冬になりかけてるんだが」

 返事が返ってきた瞬間、北風がびゅうっと上着を飛ばしにかかったので、私は慌てて襟を掴んだ。今ため息をついたら水の粒はパキパキと凍りついてしまいそう。どうして星月学園はこんな田舎にあるんだろう……いや、星座を見るためなのは知ってるけど。知ってるけど……友達に会いに行くたびこんな辛い思いをしなければならないなんて、ちょっと残酷じゃないか?

「犬飼くんはあいかわらず緑ですねえ」

 落ち葉をざくざく踏みながら進む彼は、やっぱり去年より大きくなった気がして、どうも寂しくなってしまうのだった。私物なのか学園指定なのかわからないが、深い灰色のコートがしっくりきてしまうあたり、彼も着々と大人に近づいていると思う。

「かっこいいだろ?」

 私が彼に会いに行くのは決まって秋か冬だった。本人曰く一番輝いているのは夏らしいが、夏休み中に星月学園へ訪れるのは遠慮している。部活に熱中したいときに遊びに誘うのは少々空気が読めない行動だし、というか部活の仲間とはしゃぎたいのが高校生男子ではないか、という脳内会議の末に、やはり夏が終わってから行った方が良いという結論が出た。それに私は冬が好きだ。

「私には敵わないけれど、まあ、なかなか男前だと思う」

 というのは建前で、本当は、夏の彼に会いたくなかったのである。よく男女間の友情は成立するかという問題が取り沙汰されるが、私なりに答えを出すと、相手を異性だと意識した瞬間アウト、もしくはイエローカード。一年に一度会う等で少しずつ成長していく様を見せつけられたら、流石の私も危ない。それだけで危険だというのに、彼が一番自身を誇っている季節に会いに行くなんて自殺行為だ。

「お前自分が女だってわかってんのか?」
「わかってなかったらスカートなんて穿かない」
「……お前もこっちに来れば良かったのになぁー」
「星月学園?」
「おぉ」
「やだよ。わざわざキッツイ部活しに行く馬鹿がどこにいる」
「別に弓道部入れなんて言ってないだろー? 大抵の女子は文化部入るんじゃね」
「……ええと、何だっけ……や、やー」
「夜久は別だ。あれは完璧超人だからな」

 夜久月子という女子生徒に複雑な感情を抱いている時点で、もうゲームオーバーなのかもしれないが。


▲▽▲


「着いたぞー」

 妙に間延びした声が到着を告げ、私はその場にへたり込んだ。

「長かった……」
「おい、寝るのはまだ早ぇぞ」
「ぐえ」

 コートを引っ張られ、ずるずると野原の方へ引きずられていく。苦しかったが、ああ力も強くなったんだなあなんて思ってしまい、内心ため息をついたのは秘密だ。もう来年からは会わないようにしよう。たぶん、限界だ。

「さて、始めますか!」
「ぱちぱちぱち」

 普段ふざけたことばかり言う彼から語られる神話は妙に静かに聞こえて、やはりそこにも魅せられてしまう。今回は居眠りせずに済むかもしれない。

「昔ウサギとキツネとサルの三匹がとても仲良く暮らしていました。ある時三匹は、自分たちが何故獣の姿をしているのかを、真剣に話し合い――」

 野原に寝そべり、星空を見上げながら神話を聞く。数年前からの恒例行事だった。

「彼らはさっそく老人の世話をすることにしました。サルは木に登り木の実を集めてきました。キツネは野山を走り回って、果物を集めてきました。しかし、ウサギには……おい、起きてるか?」
「ん」
「殆ど寝てるじゃねーか」

 夢の世界と現実を行き来しながら、仕方なくといった風に続けられる神話を脳に刻む。この話、確か二回目だ。月の神話。インド発祥の、うさぎの話。
全部覚えてる。

覚えてるよ。


「やっぱり寝たか」

 呆れたような声を最後に、私は夜の底へ落ちていった。


△▼△


「……なんか、女子! っていうか……変わったな、お前」

 星見の途中でこいつが寝こけて、俺がおぶって帰るのは毎回同じだ。お互い成長してくこと以外は、いつもと変わらない恒例行事だった。ため息をつきながら、膝裏に腕を入れる。首筋を眺めてしまうのは……年頃の男子ということで、許してほしい。


相愛メランコリック


「好きって言ったら、どーするよ」


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