「グリフィンドール!」

 拍手の中を歩いていく。靄がかった脳みそを晴らしてくれるものはないだろうか。変だ、絶対。だっていつかはスリザリンのテーブルの方へ歩いた。前はもっと不安げな思いを持っていた筈。"前"があることすらおかしいのに。弾ける閃光がなんなのか思い出せない。泣きたいくらい悲しいものを忘れている。いつか、誰かを助けたかった。

「まったく、ホグワーツ始まって以来のお転婆ですよ、彼女は」

 先生はみんなそういった。いや、ダンブルドアだけが、あの蒼い瞳をキラキラさせて微笑むだけだった。

 廊下に虹をかけていく。ふくろう小屋に星を浮かべた。半透明の薄い水を部屋に満たした。小さなマーメイドを泳がせて、投げキスさせる。女の子は喜んだ。男の子は少々困り顔だったので、杖を一振りしてグラマーな人魚に変えた。一気に笑顔になった。

 光の中を歩いていく。成績なんてどうでもよかった。パチパチ輝くほこりを撒き散らかして、スネイプの顔にぶつけてしまった。怒られなかった。逆に怖かった。
 後でマクゴナガル先生に叱られた。まあ、仕方ない。


***


「わたしは、戦争なんてどうでもよくなるくらい綺麗なものをつくりたいんです」

 言葉にしてから、デジャヴが起きた。でも、この言葉を口に出したのは初めてな気がする。

「俺様とは志が違うということか」
「はい」

 開かれることのなかった秘密の部屋で、ヴォルデモート卿と私は話していた。なかなかハンサムな青年であるが、しかし、冷酷な表情がその美貌に翳りをつくってしまっている。

「……あの、前もなにか……その、話したこと、ありました?」

 鋭い視線が身体を貫いた。やはり、あるのだ。

「覚えているのか」
「たぶん、いいえ。何か忘れているということを覚えています」

 雫の落ちる音が聞こえて、沈黙の訪れに冷えを感じた。そして、きっと自分は闇の帝王に敵うことはないと気づいた。物語の主人公は己ではないと理解した。きっともう二度とダンブルドアの輝く瞳に出会えない。ほんとうに、二度と。これが最後だ。

「一度目、最初のお前はスリザリンだった。強大な魔力を持つお前を手中に収めるべく、無理矢理攫った。生意気を言う奴だが、俺様の命に従わないことはないと思った。思っていたが、お前は背いた。無論、殺した。
二番目はハッフルパフのお前だ。この時点では俺様も此れが初めての出会いだと信じていたが、二番目のお前が自害したところで最初を思い出した。だが時間はお前の魔力によって巻き戻り、俺様は再び記憶を失くした。
三番目のお前はレイブンクロー、知性に彩られた魔力は俺様を惹きつけて離さなかった。それを愛と錯覚した愚かな自分はお前を欲しがった。結果、お前も俺様も敵に敗れた」
「それから時間が巻き戻って……四番目のわたしは、グリフィンドール か」

 溜息をついて、杖を床に落とした。もう道具は要らないだろう。

「諦めたのか?」
「まさか」

 ゆっくりと両手を広げ、瞑目する。願いを込めて涙を流した。
 どうか、ヴォルデモート卿を倒す者が現れる世界に。

「美しいものが溢れますように」
「……何をする気だ」
「私の存在を消します。貴方と私は出会わなかったことにするんです」

 伸ばした手は、間に合わなかった。部屋は光に包まれ、近いものから順々に爆発していく。その様も星の破滅のように幻想的で美しく、狂気の気配がしていた。


「世界に美があふれ、人々が戦を行わないほどの魔法を」


 魔法史の授業はいつも通り退屈だった。ハリー・ポッターは欠伸を漏らし、羽ペンを走らすことをやめた。威厳たっぷりに述べた先生の言葉も鼓膜を素通りする。
 眠りに入る前、ひらっと言葉が耳に入った。

「悠・高橋。その昔、世界中の美景を作ったといわれる魔女で、これは非常に不確かな伝説であるため、半ばおとぎ話として……」


fin.
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