深夜の見回り。誰の部屋でもない座敷から、人の気配を感じた。細く障子を開いて、中にいるのがおそらく斎藤さんだと判断してから入った。白い襟巻きが落ちていたのだ。

「斎藤さん、こんなところでどうしました? 今日は幹部の皆さんと宴会でしょう、島原に行ったんじゃないんですか?」

 返答は無い。とりあえず、しゃがんで床の襟巻きを拾おうとした、その時。

 ぎゅ、というよりぎりっという音がしそうなほど腕がキツク巻きついてきた。大げさにいうなら、骨が今にも折れそうだ。押し殺した吐息が耳を撫でて、否応なしに顔が熱くなる。情けない悲鳴は先程したばかりなので、なにも出来ず、ただ歯を食いしばるしかなかった。

「さ、斎藤さん」
「なんだ」
「いや、これ……え?」

 ふわりと漂う日本酒の香りに、相手の身に何が起きたのか理解した。

「ちょっとすみません、少し、少しだけ力を……!」

 恐らく彼の頭の中では小さな桜の蕾が如き千鶴ちゃんが自分の腕の中にいるんだろう。いや、そうであってくれ。敵の動きを封じて、とかだったらもうすぐ自分の命は無い。
 辛うじて動かせる右手で斎藤さんの着物を引っ張ったが、依然として酔いが冷めそうな気配はなかった。
 誰か助けてくれえ!

「は、……」

 苦しそうな喘ぎと共にお酒臭い息が肩にかかった。もしかして具合が悪いのかもしれない。……だったら尚更まずい。早く誰かを呼ばなきゃ、斎藤さんが危ない。

「さいと、さん! 少し離してください! すぐ人を呼んできますか、らっ」

 言い聞かせる間にも腕の力は強まり、後ろから聞こえる息遣いはより荒いものになった。どうしよう。声を出せば誰か来てくれるかな。……駄目だ、斎藤さんの力が強すぎて息が上手く吸えない。

「斎藤さん、お願いします! このままじゃ斎藤さんが危ないですから!」
「……ああ、危ない。どうにかして逃げてくれ」
「は?」

 敵襲? いや、屯所の中は粗方見回ったが、怪しい者なんて一人もいなかった。というか斎藤さんが拘束しているのに逃げろとはどういうことか。やはり酔っているに違いない。
 開放の催促をしようと口をひらいたその瞬間、その人に似合わない蕩けそうな声音が鼓膜を揺らした。

「このままじゃ、あんたが危ない。俺に襲われる前に逃げてくれ」

 頭も身体も固まった。空回りする思考が「私は千鶴ちゃんじゃないです」とか「じゃあ力緩めてください」などの言葉をぽこぽこ生み出すが、言葉になる前に、斎藤さんの色香漂う一言で声までもが封じられてしまった。

「悠……、」

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