あの日湖の中にいた男は、度々現れるようになった。但し、話しかけても返答はない。僕の真似をして口を動かすのみだ。悪さはしていないようなので取り立て気にしては居ないが、主人に報告すべきか迷っている。彼女の牧場に無断で入っているわけだし……いや、もしかして許可は取ってあるのかもしれない。聞いてみなければ。
 はたと我に返り、己の失態に舌打ちをする。クエスト中に考え事なんて言語道断だ。武器を握りなおし旦那さんの匂いを辿る。森に行ったらしい。急いで追いかけなければ。群がるジャギィを蹴散らし穴を掘った。

「―――!」

 悲鳴? まさか。旦那さんはとても強くなった。今回のクエストはアオアシラの狩猟、難しいものじゃない。ぐらぐらと地中が揺れ、思わず息をのむ。嫌な予感がする。旦那さんにもしものことがあったら、僕は一体どうすれば。

「っあ」

 地上へ飛び出し最初に見たのは、一人のハンターが樹木に叩きつけられる様だった。世界が白くなる。主人を放ったモノを探す。ビリビリと雷光を纏う大きな生き物と目が合った。ジンオウガ。こいつが、旦那さんを。僕の大切な主人を。
 視界が広く、鮮明になる。五本の指で武器をしっかり握りこみ、敵の足元へ突っ走る。大きく振りかぶり、全体重をかけて振り下ろす。低い咆哮に大気が揺れる。構うものか。熱した鉄のように煮え滾る太刀を力任せに振り回す。何度も攻撃を受けたが、倒れ込むことはなかった。旦那さんを守るのが僕の役目。旦那さんのオトモ。僕の力は旦那さんのもの。彼女を守れるなら、僕は何だってやる。

「……悠?」

 肩で息をする僕に遠慮がちに声をかける旦那さん。既に力尽きたジンオウガが目の前に横たわっていた。

「痛いところはないですか、旦那さん」
「あ、まあ……全体的に痛いけど、大怪我じゃないから大丈夫」
「良かった」

 何か言いたそうな主人に笑いかける。疑問なら僕だってたくさん持っている。でも、取り敢えず主人の力になれたことを喜びたい。随分と高くなった目線に戸惑いながら主人の下へ歩む。そっと手を差し伸べ、小柄な彼女を引っ張りあげた。見下ろすという行為はなかなか新鮮だ。

「悠、なの?」
「一応、僕は僕です」

 旦那さんの目が丸くなる。その頬に土がついているのを見つけ、親指で拭う。旦那さんの顔がぶわりと朱に染まった。

「……と、とりあえず……帰ろう、か」

 おどおどと視線を彷徨わせる旦那さんの言葉にしっかり頷き、彼女が歩き出すのを待った。混乱するのは戻ってからにしよう。
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