「糸色先生」


 私がそっと優しく包むように名前を呼べば、先生は縄から手を離し、眉間に皺を寄せ、不快を露にした声色で「また君ですか」と云いました。「また」というのは、以前にも私が声をかけたことによって先生の自殺がとりやめになったのです。私はそれについて後悔はしていませんし、むしろよく声をかけたと、自身を褒めたいぐらいです。しかし先生は礼を云うどころか怒鳴りつけてきたのを憶えています。今回もきっと、怒られるのでしょうね。


「いい加減にしてください。私はもう厭なんです。この世界に生きるのは、辛い」


 細い足が台を下りて、此方へやってきます。ちゃんと食べているんでしょうか。今度、家にお邪魔してみようかしら。ああでも、恋人がいたらどうしよう。先生は想い人を残して死ぬような人だとは思いませんが、万が一を考えなければ。いや、いや、恋をしている人間がこの世を嫌うことがありましょうか。嗚呼。


「私は、死にたいんです」
「駄目です。先生は死んじゃいけません」


 緑の黒髪が風に舞って、先生の顔を隠します。手を伸ばしてそれを払いのけると、涙で歪む瞳がありました。


 私が幸福の元になりたいとは云いません。先生が陽光に幸せを見出すのは、誰のおかげだって構いやしません。けして色が良いとは云い難い口唇に触れるのも、私のそれじゃなくていい。だから、せめて、ひとつだけ、頼んでも……いいですか。






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企画『夕星』様に提出
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