ガコンという音と共に紙パックが落ちてくる。取り出して隣の少女に差し出せば、申し訳なさそうな顔で「ありがとう」と言われた。
「あの、お金絶対返すから!」
「当たり前だろう」
「う、うん」
どうしてこいつは俺に頼みごとをするとき、情けない顔をするのだろう。別に、怒ってないのに。
「早くしないと、弁当食べれないよ」
もたもたと歩くのを見かねて立ち止まった。そうすると、さっきまで暗かった顔が嘘のように晴れるのだ。それが、少しだけ嬉しかったりする。
それにしても、女子ってこんなに鈍くさいものだったか? 千鶴もここまでじゃなかった気がするけど……。まあ、どうでもいいか。
「ねえ、歩くの遅くない?」
「ごめん、っなさ、」
「? どうし……」
違和感のある返答に振り返ると、慌てて駆け寄ってくるはずの少女の姿は無い。どこに行ったのかと辺りを見回す。ふと視線を下げれば、床に散らばる髪があった。
「は?」
一瞬何が起きたのか理解できなかった。一呼吸置いて、彼女が倒れたと気づいた。それから、その身体が小刻みに震えているのを確認する。吐き出される息は荒い。
「調子悪いなら、ちゃんと言えっての……!」
「ごめ、ん」
さっきまで緩やかに上昇していた気分は一気に下がり、無性にイライラした。こいつはのろまなくせに自分のことを話さない。今のがそれだ。体調が悪いならしっかり言えばいいのに。後で大変なことになったらどうするんだろうか。ああ、面倒くさい。
ぐったりした身体を背中に乗せ、保健室に向かった。時間的に昼は抜かなければならない。ため息をつくと、首元から小さな謝罪が聞こえた。
「南雲、あいつはどうした」
「……風邪で休みですよ」
斎藤先輩は、そうか、と言ってまた黙り込んだ。心なしか空気が暗い。
あいつについて聞かれるのは、これで三回目だ。いつも(勝手に)遅刻チェックについてくるあいつは、どうも皆に気に入られているらしい。自分で調べればいいのに、どうして俺に聞くんだろうか。いちいち答えなければならない俺の身にもなってほしい。
最後の生徒が校門を通った。今日は遅刻なしか、珍しい。
「終わったから、帰……」
途中まで言って、今日はいないのを思い出した。そうだ、今日は遅れずに済む。飲み物を忘れたあいつに苺牛乳を奢らなくていい。最高じゃないか。
心の片隅にある違和感に見て見ぬふりをし、教室に戻る。いつもと違って時間内に入れた。
「……チッ」
「あれ、薫だ。珍しいなあ、一人で屋上に来てお昼ご飯?」
「俺が何しようと俺の勝手だろ、沖田」
いつもの癖で屋上まで来てしまった。よりによって、沖田がいる。最悪だ。
開けたドアを思いっきり閉め、教室に戻った。いつもと違う場所で食べる昼食は、なんだか味気なかった。そういえば、朝からもやもやが消えない。ああ、イライラする。
あいつが風邪なんて引くから、あいつがいないからだ。いないと分かっていても、後ろを気にする自分に嫌気がさす。無意識に立ち止まる足が憎らしい。全部、あいつのせいだ。あいつが悪い。
結局その日は早めに帰ることにした。千鶴は何か言いたそうにしていたけれど、口を開いたら罵声しか出ない気がしたので放っておいた。かわいい妹を無闇に傷つけるようなことはしたくない。
帰って、いつの間にか登録されていたアドレスにメールを送った。これで明日は絶対に来るだろう。
彼女は、大きなマスクをしていた。俺の姿を見つけると、急いで駆け寄ってくる。
「薫くん、おはよう」
「そのマスク何?」
「えっあ、まだ本調子じゃないから、その、ごめ、ごめん。でも、薫くんから絶対に来いってメール着たから、行かないとって思って、」
「……調子悪くなったらすぐに俺にいうこと。今日は早めに帰ること。いいね?」
そういうと、いつものように曇り顔が笑顔に変わった。歩き出すと、離れていく足並み。立ち止まれば駆け寄ってくる。
時間を気にしながら、頭の隅で、今日はちゃんと飲み物を持ってきているのか聞かなければと思った。
***
『ストロベリーに砂糖をひとさじ』様に提出