「屯所、移動するんだってな」

 藍の髪を後ろでひとつにした不知火さんは、黙々と食物を嚥下する私の後ろで拳銃を弄っていた。暴発する可能性を考えてないのだろうか。……まあ、私に向けていないし放っておこう。

「場所教えてやろうか?」

 パチンと箸を置き、手を合わせた。髪は肩の辺りまで伸びてきてしまっていて、癖が出てきて大変なことになるのは目に見えている。もう既に毛先が自由奔放にはね始めているのだ。
 切りたいけど、小刀なんて貸してもらえないだろうな。
 お膳を持って部屋を出るべく立ち上がると、目の前に壁が現れた。

「無視すんじゃねぇよ」
「……私に話しかけてたんですか?」
「お前以外に誰が新撰組のこと気にするんだよ」
「風間さんとか」
「……確かに」

 ふむ、と頷いた不知火さんの脇を通り過ぎ、廊下を早足で行く。カタカタと不安定に揺れる食器に危機感を覚えながら足を進めていると、不意に上から手が降りてきて膳を攫っていった。何事かと思う前に、バランスを崩した湯のみがゆっくりと床へ落ちていくのが見えて、声も出ないままそれを見守る。割れてしまう一歩手前で、辛くも褐色の手が受け止めた。

「あ、ぶねー」

 手と声と攫い主は不知火さんだった。

「……急に取らないで下さい。危ないです」

 内心冷や汗をかきながら、表には出さぬよう冷静に注意した。この場所で隙を見せたら、間違いなく使い物にならないと認識される。不知火さんは実力重視の人に思えるし、何より行く先々に居座っている。私が疑わしくないか観察しているに違いない。なんて男……いや、鬼だろう。怖すぎる。

「お前、俺と話そうって気は無いのか」
「話す? 今後の戦略についてですか? すみません、私計略とか詳しくないのでお相手にはなれません」
「……」

 不知火さんは無言で去っていった。お膳は彼の腕の中である。

「不知火さん、お膳!」

 声をかけたが、大丈夫だとばかりにひらりと手を振る。

「そっちじゃなくて、台所は逆です!」

 動きは止まった。しかし一拍置いて再び歩み出した背中に、もう声をかけることはしない。……大丈夫かあの人?
 ため息をついて、不知火さんとは逆方向へ行く。天霧さんから食事が済んだら膳を持って台所に来るよう言われていたのに、膳は不知火さんに奪われてしまった。怒られるのは嫌だな。



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