私を気遣う千鶴ちゃんや平助をやんわり避け、自室で荷造りをした。外はまだ暗いかどうか確かめに部屋を出ると、待ち構えていたらしい平助がいた。

「本当に大丈夫だったのかよ?! 怪我とか……」
「ありませんよ。ちゃんとわかってくれました。……私より千鶴ちゃんの方が心配です。大丈夫なんですか?」
「あ、ああ……」
「なら良かった。ありがとうございました」

 先程のことと、今までのこと。たぶんもう会えないだろうから、お礼くらいは言わないといけない。黒く重い着物の裾を正し、しっかりと藤堂平助に向き直った。空気が揺れて、相手が動揺しているのが分かる。

「本当に、全部、ありがとうございました」

 沈黙が降りた。
 
「……それ」

 深く下げた肩に温かい手のひらが乗って、そのまま強引に上体を上げされられた。

「どういう、ことだよ。……最後みたいに聞こえる」

 震える瞳の水膜の中に焔を見つけた。心臓が不自然に動く。

「もう朝になります。そろそろ休んでおかないといけないんじゃないですか」

 僅かに視線を逸らし、柔い業火が心を焼かないよう拒絶した。今更やめてくれ。私はもう全部知って、理解したのに。かなしくてやさしい世界は貴方たちのためのものだから、私は受け入れられない。

『俺が見た世界を妹は知らない。それって不公平だよね?』

 ああ、そうか。この世界は私にも南雲薫にも辛いから、だから彼を同胞としてみてしまっているんだ、私は。

 ――遠くで鳥が鳴いている。夜明けが近い。

「おやすみなさい」

 肩に乗った手をそっと払いのけて、軋む床を駆けた。リュックは、もういい。包帯も携帯も全部いらない。もういい。いらない。
 何も確認せず、表に出た。赤い鬼は無表情で私を待っていた。

「……お待たせしました」

 一度だけ振り返り、住処としてきた建物を見上げる。何故か頬が緩んだ。

「行きましょう」

 しっかり頷いて、一歩前に踏み出す。後悔はしない。あとは、千鶴ちゃんと沖田総司が結ばれることを祈るのみだ。出来れば、藤堂平助は伊藤派についてほしい。薄情なうわべだけの友人なんか忘れて欲しい。

「ごめん」


 残してきた少年へ届かない一言を呟いて、悠は屯所を去った。



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