先日聞き出せた情報を元に攻め込むことになった。十中八九当たりだろう。
 相手の意表を突くために、昼間、討ち入りをする。どこからどう見ても普通の平屋が、長州の根城になっているらしい。

「でも、僕は行けない、と」
「当たり前だ」

 そんなに皺寄せたら本物の鬼になっちゃいますよ、と少々からかいつつ、内心は苦渋でいっぱいだ。戦いたい。出来ることなら、近藤さんの傍で。

「留守の間、屯所を頼むぞ」

 子供じゃあるまいし、そんな言い方しなくたっていいのに。
 笑顔を浮かべて、隊士達を見送った。





「千鶴ちゃん」
「あ、沖田さん。具合はどうですか?」

 廊下で立ち話をする二人。見ているだけで和む。利己的な願望を除いても結ばれて欲しいと思う。……結ばれるようにしなければ。

 江戸の四季の変化はとても明確で、美しい。自分が季節を自覚してから周りが変わるのではなく、その時目に入った植物が春夏秋冬を知らせてくれる。現実味の無い世界で知っている花を見つけると、どうしたら良いのかわからなくなった。
 戻れないなら、普通の生活をしたい。この時代の少女の暮らしをしたい。朝から晩まで働き詰めだろうけど、毎日毎日気を張っているよりか全然楽だ。
 私の所為で物語が変わっていく。私の知らない未来が始まってしまう。照れくさそうに笑って戻ってきた青年の行く末はどうなるんだろう。油小路での敵対は無くなるから、羅刹にはならないのか? 彼がどうなるのか今じゃ誰もわからない。私の所為で。私が居たから。

「へーえ、こんな小せぇ小僧雇うなんてなあ」

 反応など出来なかった。
 乱暴な手のひらが首を掴んで持ち上げた。苦しくて痛い。胃の中のものが逆流したが、出そうにも喉は塞がれていて吐き出せない。当然助けを呼ぶことも出来ず、せめてと力いっぱいもがいた。
 浪士か、長州の者か。それとも鬼の手下か。こいつは何なんだ。誰かも分からない人間に殺されるのか。誰でもいい、誰か助けて。頼む。頼むから。死にたくない。死にたくない。死にたくない!
 涙で歪む視界に少女と青年が映った。沖田総司は雪村千鶴を背に庇い刀を振るっている。翡翠の瞳が此方を見た気がした。
 呼吸が楽になる。高い、女の子の悲鳴。





 浪士の新選組襲撃なんて、少なくとも薄桜鬼では無かった筈だ。……いや、それよりも、重要なことは。

「なんで……っ」

 少女が腕に包帯を巻いて弱々しく微笑んでいる。沖田総司は無表情で此方を見つめていた。

「怪我は大したことなかったし、君は言うまでもない。一応何人かに土方さんに報告させたけど、僕一人で抑えられたし問題はないよ。どう? 質問は?」
「……なんで」

 また変わってしまった。薫の言葉が蘇る。

「なんで、千鶴ちゃんじゃなくて私を助けたんですか」
『新選組をぐちゃぐちゃにしてほしいんだ』

「なんでって……助けて、って顔してたから」

 そんなの、貴方の後ろにいた少女だって同じだった。自惚れるつもりは無いけれど、このままでは千鶴ちゃんの想いは擦り切れていくばかりだ。

 私の所為で崩れていく。変えてしまう。全てが台無しになる。――薫の思惑通り。
 もう、此処には居れない。

「ありがとうございました。でも、今度からは千鶴ちゃんを優先してください」

 涙は出なかった。




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