少しずつ蝕まれていく身体は自分の意思じゃどうにも出来ない。甲斐甲斐しく傍にいてくれる少女に感謝しつつ、思考はもう一人の方へ動いていく。
 苦い薬は飲んだし、そろそろ巡察に出なければ。そう思って部屋を出たとき、目の前を通る黒い影に気づき、反射的に声をかけた。

「悠ちゃん」
「……高橋です」

 これはまた、随分と嫌われたようだ。前は本気で追い出したかったけど、今はそうでもない、というかむしろ居てくれた方がいい。彼女がいると、山崎くんあんまり怒らないし。
 男のように短い髪を揺らしながら廊下を歩く姿はまるで重罪人が絶望の内に歩んでいるようで、その心に何が隠されているのか気になる。無闇に抉り出せばもう一人の少女が黙っていないだろうから、今は何もしないけど。

 君だって大切に思われてるのにね。

「高橋くん、良かったね。平助くん戻ってきてくれたんでしょ?」

 明らかに固まり、引きつった声で肯定する少女に、沖田は薄い笑みを浮かべた。この少女は人から好かれるのが苦手なのかもしれない。不思議な人間だ。

「彼には、此処を出て視野を広げることも大切と言ったんですが……聞く耳持たず、でした」
「そう。まあ平助くんは君が大事だし、仕方ないと思うけど」

 びくりと肩が揺れる。微かに零れた吐息の震えは負の感情で飽和していた。

「沖田さん」
「ん?」
「藤堂平助は……」

 廊下で立ち話は、多くの人間に情報を伝えてしまう。でも部屋に入ってまで話す内容ではないのだろう。少女は少し躊躇った後、小声で問うた。

「藤堂平助は、私が女だとわかっているんでしょうか」

 痛んだ黒髪を、まだ少し冷たい風が攫っていく。質問には答えず「寒いね」とだけ返すと、悠は慌ててすみませんと頭を下げた。別に怒ってはないんだけどなあ。

「私、そろそろ戻ります。引き止めてしまいすみませんでした」
「仕事頑張ってね」
「……はい」

 遠ざかる背中に、答えを返す。

「気づいてない。だから、大丈夫だよ」

 彼女が振り返る前に、僕は反対側へ歩き出した。どうやら優しくされるのも嫌なようだ、彼女は。



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