肝試しをしよう、なんて誰かが言い出し、例の如く私は永倉新八に連れ出され、只今深夜の寺の中である。土方さんは「……良い精神訓練になる。寺に許可取ってからやれ」とあっさり承諾してしまった。泣きそうだ。
 一歩足を踏み出すたびに、床が苦しげに軋む。それが亡霊の呻きにも聞こえ、もう震える肩を抱く気力も無くなっていた。
 真っ直ぐ進み、突き当たりに置いてある蝋燭を持って帰ってくる。それだけなのに……いや、それだけでは肝試しじゃない。絶対に誰かが何かを仕掛けてくるだろう。

「っ……」

 障子がカタリと揺れ、思わず後ずさった。数秒そのままでいたが、何かが出る気配はないので再び歩き出した。いざとなったら大声で助けを求めればいい。大丈夫。落ち着け、落ち着け――。

 頬に何かが触れた。

「ひっ!」

 飛び上がって周りを確認するも、そこにはただ埃の舞う廊下が続くだけ。
 歩き出そうにも足が竦み動けない。駆け抜けることも考えたが、ガクガクと揺れる全身が急な運動に耐え切れるとは思えない。
 目頭が熱くなる。涙だけは零すまいと噛んでいた唇も、今は噛み痕が残るだけ。一粒床に落ちれば、後はもう止まらなかった。


『――おい、あれ泣いてんじゃねぇか?』
『は?! 嘘だろ? え、どうすんだよ新八っつあん!』
『どうするも何も……どうすりゃいんだよ?!』
『(こいつら悠が女だって気づいてねぇのか……)俺が行ってくる』

 棒の先に綿をつけた小道具をその場に残し、原田左之助は立ち上がった。ちなみに、この道具が先程彼女の頬に触れたものである。
 自分が脅かした手前、このまま放置するのは躊躇われた。それに、隠してるとはいえ相手は女。保護しないわけにはいかない。

(そもそも新八が連れてきたのが悪い気もしなくはないが……)

 重いため息をついて、後ろからそっと近づいた。己のそれに比べたら随分細い肩に手を置く。

「悠、落ち着け。だいじょ」
「うわあああッ」

 パシッと鋭い音が響き渡り、腕にジンと痛みが広がった。叩かれたらしい。

「え……はら、原田さん?」
「ああ。驚かせて悪かった」

 擦ったのか、赤い目が睨むように此方を見た。――いや、目つきが悪いのは元々か。悠の目は一般的な女の目より、なんというか……挑発的、とでも言おうか。ともかく悠は目つきが悪い。だがそれは女であったらの話であり、性別を男とするならそれは良い効果を発揮する。重い黒髪とその奥にある鋭い双眸は、女心というものをよくよく理解して作り上げたとしか思えない。欲を言うなら、もう少し身長が欲しいが……これで背まで高かったら本当に男にしか見えないし、まあこれだけは相応のもんで良かった。
 そういえば最初の頃は千鶴も意識していたらしい。大方総司が何か言ったんだろう、最近は普通に接している。つーか、総司も総司で大人気なさ過ぎる。千鶴があいつにちっとばかし気を向けただけであの対応。ったく、先が思いやられるぜ。

「あの、原田さん、すみませんでした。私、少し気が動転していたようで……」
「謝るのは俺の方だ。……驚かせて悪かったな」

 頭を撫で、行くか、と声をかける。控えめに握られた着物の袖に、やはり連れてくるべきではなかったと後悔した。

「……連れてきたのは俺じゃねぇけどな」
「え?」
「いや、気味が悪いと思ってよ。お前よくここまで来れたな」

 笑みを投げかければ、僅かに強張ってはいるものの、悠の口元は緩んだ。

 平助と新八は……置いていこう。千鶴と総司はお楽しみだろうし、斎藤に蝋燭を頼むか。



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