縁側で二人が座っている。沖田は滅多に見れない優しい微笑みを湛え、千鶴は幸せそうに頬を染めていた。香る幸福に、此方の頬も緩む。――このままいけば、大丈夫。沖田ルートだ。千鶴ちゃんが彼を追って新選組を離れれば、少なくとも物語の中心から離れることが出来る。それまでの辛抱。

 一組の男女と微笑みを浮かべた少女。一連の様子を見ていた土方は、迫る決断のときを思って眉間に皺を寄せた。
 高橋悠は、はっきり言って新選組のお荷物だった。有力な情報を持っているわけではないし、戦力になるでもない。やつれた四肢を見て隊士が同情を寄せるのは何度も見てきた。このままでは入れ込んでいくだけだ。一度切り離そうとも思ったが、いつかの悲哀に満ちた表情が脳裏を過ぎってなかなか判断を下せない。今彼女の手を離せば、彼女はそのまま闇へ転がり落ちていくしかないだろう。非情な行為には慣れたつもりだったが、今回ばかりはどうも躊躇ってしまう。
 ――まあ、どっちにしろ近藤さんが許しちゃくれねぇだろうがな。
 細く息を吐いて歩き出す。考えることは山ほどあった。

 誰もが思い悩み、己の剣を迷う中で。かの三条制札事件が起きた。
 起きて、しまった。





「……でよ、そいつ……千鶴にそっくりだったんだ」

 雪村千鶴の顔が強張った。沖田総司は唇を真一文字に結ぶ。藤堂平助は言葉を上手く飲み込めていないらしく、呆然としていた。永倉新八は、彼らしく真っ先に声を上げる。

「んなの、有り得ねぇだろ! あの夜千鶴ちゃんは……」
「俺だって信じられねえよ。人違いだと分かっちゃいるが……双子みてぇに瓜二つだった。髪は短かったが」

 指先の感覚は既に無い。顔から血の気が引き、唇がふるふると戦慄く。肺は酸素を拒否し、空気を押し戻すばかりだった。唾を飲んで平静を保とうとしたが、かえって不快になった。先程食べた朝食がせり上がる。食べなければ良かった。空にしておけば、吐く必要も無かったのに。
 震える息をゆっくり吐いて、蘇る姿を打ち消した。落ち着け、ここに彼はいない。何もされない。大丈夫だ。落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、おちつけおちつけおちつけおち、

『またね、悠』

 視界が歪む。かん高い悲鳴と複数の手の平、名前を呼ぶ声。画面の向こうから聞こえる音。限られた色で表現される世界。プログラムで組まれた人物像。ぐるぐる回る渦の中で、誰かが一人で立っていた。慈愛の笑みを私に向ける。私は彼が泣いているように見えて、思わず手を伸ばした。届かない。回転速度が上がり、再び気分が悪くなった。蹲る私の背に冷たい手の平が乗る。薄目でその人を見上げれば、空いている方の手で回転を緩めているようだった。

『大丈夫。何も怖くないよ』

 声が響き、徐々に歪みが消えていく。不快を取り除いたそれは、確かに"彼"の声だった。



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