机に置かれていた小刀で髪を切った。随分と不恰好になってしまったが、怪我をしなかっただけ良かったと思う。夏の温い風が首元を掠め、細かな髪の毛を飛ばした。涼しくて心地良い。
 伸びをしてから、土方さんに仕事の有無を聞きに行こうと廊下に出た瞬間。そこにいた誰かと衝突した。

「ひゃあっ」
「うわっ! す、すみません!」

 相手の顔を確認する前に頭を下げた。極限まで下げた。土下座までいきそうになって、我に返ったその人は「いいのいいの、顔を上げてちょうだい」と苦笑。どうも聞き覚えのある声な気がして少し疑問を持ったものの、素直に顔を上げた。――そして、絶句。
 狐のような目に長い黒髪、女性のような物言いと立ち振る舞い。柔らかな微笑を浮かべていたのは、伊藤甲子太郎その人であった。

「見ない顔ね。貴方、名前は?」
「ひぇっ、あ、えっと、高橋悠と申します!」
「高橋……?」
「あ、私隊士じゃないんです。ええと、伊東さん……でした、よね?」

 慣れた作り笑いを浮かべ、じりじりと後退する。と、ずいっと迫る伊東さんの顔。唸って黙り込んだ彼には私の返答が届いていないらしい。黙って退散しようかと思ったその時、遠くからバタバタと足音が聞こえた。

「――伊東さん、勝手に歩かれちゃ困、る……!」

 見た目に合わず早足で叫んだのは、額に汗を浮かべた土方さんだった。探していた人物を確認し、ほう、と溜息をつく。
 そして、横に立つ私を見つけた。

「なっ……高橋!? お前、髪は……」
「今しがた切りました。長くなってきたので」

 土方さんが目を細める。じり、と怒気が焦げた。やっぱり髪一つであっても許可を取るべきだっただろうか。今更遅いと諦め、飛んでくるであろう怒鳴り声に身を構えたその時。

「まあまあ。長いときは知りませんが、今だって十分男前でしょう。そんなに怒ることじゃないんじゃなくて?」

 私を庇うように――というか、事実庇って土方さんの前に立った伊東さんは、見た目に合わずくすりと笑った。
 目を吊り上げた鬼の副長は、何か言おうとして、言葉が見つからず黙り込む。私自身何をどう捉えたら良いのか分からなくて、息を詰めた。明らかに固まった場の空気に、新たな風が舞い込む。

「……土方さんに伊東さん、と……高橋?」
「ああ丁度良かったわ。ねえ、高橋君は短いのも似合っているでしょう?」

 愕然とした表情で私を見つめるのは、少々お酒臭い原田さんだった。暫く黙した後、「まあ、高橋がいいならいいんじゃねぇか」と零す。不服そうに眉根を寄せて。
 ……そんなに不恰好だろうか。いや、伊東さんは男前って言ってくれたし……そもそも男前って……いや、まあいい。男装してるんだ、丁度いいじゃないか。

「あいつの髪より、今はあんただ、伊東さん。話し合いに戻らなきゃいけねえ」
「そうだったわ。それでは、ごきげんよう」

 なんとか場を取り纏めた土方さんは、優しく微笑む伊東さん(おそらく私に笑みを向けていた)をつれて戻っていった。
 そよ風が短くなった襟足を揺らす。少しの間だけ嵐の余韻に浸り、隣人を見上げる。彼もまた、此方を見ていた。

「……自分でやったのか?」
「あ、はい。……やっぱり変ですよね」
「まあ……些か豪快だな」

 いつかと同じ二人きりの廊下で、原田さんは僅かに眉を下げ優しく笑った。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -