沖田さんは、時折空気の混じった咳をする。それが結核からくるものだと気づいてはいた。でも、私は何も言えなかった。言わなかった。温い風が髪を掬う。未だに慣れない土の道に戸惑いながら早足で進んだ。行き交う人々は皆着物だ。ふと、自分がテレビか何かのエキストラのような気がした。賑やかな雑音が遠くなり、目の前の背中がぼやける。エキストラの仕事はいつ終わるのだろう。

「高橋くん」
「、はい」
「ぼーっとしてちゃ駄目だよ」
「すみ、ません」

 先程冷やしたばかりの手首を再び握られる。半ば引っ張られるようにして歩み続けた。沖田さんが何を考えているのか全く見当がつかないが、下手に反抗しても関わりが深くなるだけだ。彼と関わりを持つのは千鶴ちゃんでないといけない。靄のかかった思考を無理やり現実に引き戻し、足を進めることに集中した。沖田さんは歩くのが早い。

「お団子ふたつね」

 我に返って辺りを見回すと、椅子に座る沖田さんと目が合った。座れば、と言われ慌てて腰を下ろすと不思議な顔をされた。どちらかというと不機嫌……というか、考え事をしているような。ふわりと甘い香りが鼻先を掠め、目を瞬いた。ここはお団子屋さんだろうか。……いや、甘味処か。

「高橋くん」
「え、あ、はい」

 伏せていた顔を上げると、無表情の沖田さんが無言でお団子を差し出していた。怖々受け取り、試しにひとつ口に入れる。甘酸っぱい蜜が喉を刺激して、胃の中のものがせり上がってきた。慌てて水を流し入れ、消化物を元の場所に押し込む。目の淵に溜まった涙を拭っていると、普段よりも数段低い声で名前を呼ばれた。

「高橋くん。高橋くんは……」

 そういえば、名前呼ばれたの今日が初めてだ。どうしよう。好かれず嫌われず、ただそこに居るものとして扱って欲しかったのに。

「お、沖田さん」
「……なに?」
「そろそろ、帰りましょう? 沖田さん、あのっ……身体の調子、良くない……気が、して」

 大きな瞳がすうっと細められ、薄い唇は弧を描く。次の瞬間には既に立ち上がっていて、机に数枚のお金が置かれていた。あまりに素早い行動に少しうろたえた私は、焦って残りの団子を口に放ってしまった。気持ち悪い。でも吐く訳にはいかない。そうこうしている内に、沖田さんは早足で店を出て行く。

「沖田さ、……っう……待、」

 一歩足を踏み出すと、体が揺れ、胃も揺れる。ぼやける視界に映ったのは、緩慢な足取りで此方へ来る沖田さんだった。

「ほら、おぶってあげるから」

 考えている間もなく、急いで背中によじ登る。喉に残る酸っぱさは大分薄くなっていた。しかし、彼が呟いた言葉によって、吐き気は再来する。

「軽いね、悠ちゃん」



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