無難な色の着物を選び、その場で着替えた。山崎さんの指導が実ったのか、あまり苦労せず着ることが出来た。
 手間取らなかったということは、それだけこの世界に慣れてきてしまったということ。

「さて、こんなものか。あとは……ああ、雪村君の部屋があったね」

 今は井上さんに屯所の案内をしてもらっている。大方の場所は見終えた。
 廊下で考え込んだ井上さんは、雪村さんの部屋も案内するつもりらしい。
 正直あんな対面の後で気まずいし、主要キャラクターに会うのも恐ろしい。けれど、適応しなければ生きていけない。
 私は新選組にお世話になるのだから。

「雪村さん、ですか」
「ああ。君と彼女でやってもらいたいことがあるからね」

 料理や掃除だろうか。
 残念ながら、私は料理が全く出来ない。掃除も苦手だし、出来ることと言ったら……あれ、何も無い?

 考え込んでいるうちに、井上さんは一つの部屋の前で歩みを止めた。

「雪村君、いるかい?」
「あっ、はい!」
「知っていると思うが、高橋君を紹介しようと思ってね。失礼するよ」
「はい、どうぞ」

 すっと障子が開く。黒髪を高く結い上げた少女と目が合った。喉に詰まる大きな空気を飲み込んで、最初の一言を吐き出す。

「「この間はすみませんでした!」」

 自分のものと重なった鈴を振るような声に目を丸くする。井上さんだけが、原因を素早く理解し笑っていた。

「後は二人で話していておくれ」

 部屋にいるのは二人だけになった。
 どうしよう……なんて言ったら良いか分からない。恥ずかしくて顔も上げられない。とりあえず座ってみたけれど、なんの解決にもならなかった。

「あの……」
「は、はい」

 雪村さんの声。ゲームしかやっていないから分からなかったけど、こんなに可愛い声なんだな……。

「先程も言いましたが、あの時はすみませんでした。私……すごく浅い考えで行動してました」
「いや、そんな、私こそ突然……」
「おかげで新選組の皆さんに迷惑をかけずに済みました。ありがとうございます」

 眩しいくらいの微笑みに、胸がいっぱいになった。ヒロインとしての何もかもを持ったその言葉に圧倒されつつ、負けじと声を絞り出す。

「こちらこそ、雪村さんの意志を踏みにじるような真似をしてすみませんでした。あの、許して頂けませんか」

 瑞々しい花の蕾が、ふっくらと花弁を広げる。それに相応しい表情で、千鶴ちゃんは言った。

「許してもらうのは、此方の方です」
「あの、友達になっても……いいですか?」


 二つの言葉は、心が融解する甘い蜜を持っていた。





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