誰一人として沈黙を破る者はいなかった。皆、私が吐き出した言葉をゆっくり消化している。
 私は私で激しく後悔していた。本当のことをいうにしても、もう少し言い方があっただろうに。

 重い空気を裂くように、土方さんが口を開いた。

「くだらねぇ嘘つくならそれ相応の覚悟はあるんだろうな?」

 攻撃的な鋭い目が私を値踏みする。

「はい」

 せめて侮られないように、素早く返答した。
 いざとなったら全力で逃げよう。殺されるくらいなら多少の苦痛を伴っても生き延びたい。元の場所に戻りたい。
 私の支えは『戻りたい』という願いだけだ。それを見失ったら終わりな気がする。
 深く息を吸って身構えた。目を合わせるのは流石に出来なくて、男の首元を見つめる。この首に届く刀はあるのだろうか?

「……証拠はあんのか」

 リュックは、結局返してもらえなかった。だから証拠なんてない。新選組の未来は一応知っているものの、話してしまえば、きっとただの浪士の仲間として捉えられる。だからといって嘘をつけば、いずれはボロが出て始末されるだろう。
 私は賢くないから完璧な嘘なんてつけない。副長を欺けるほどの大法螺なんて思いつくはずもない。
 否定しようと息を吸い込んだ、その時。



「証拠なら、俺が見た」

 思わず後ろを振り向く。
 金色の美しい目と視線が交じった。ふ、と目を細めて笑うと、その瞳は私を通り過ぎ紫紺の眼光と合わさる。

「前に長州の根城へ俺の隊が行ったことあっただろ、土方さん。あの時見たんだ」

 異国の服を着たこいつが、殴る蹴るされてるのをよ。
 確固たる意思を持って吐き出された言葉は、再び沈黙を生み出した。

 乗り込んで来たのは原田さんの隊だったのか。あの場面を見ていたなら、どうして助けてくれなかったんだ。
 ……ああ、そうか。戦いの最中に娘一人がどうなっても、それを優先できるわけじゃない。
 仕方なかったんだ。

「異国の服っても見たことないようなやつだった。それだけじゃ信用出来ないってなら、暫くこいつと普通に生活すればいい。どっかの間者ならいつかボロが出る。……まあ、間者がそう易々と衰弱するとは思えないけどな」

 目を逸らさず言い切った原田さんは強張った表情をしていて、少し緊張しているみたいだ。
 説得するような声音に疑問を感じる。どうしてこの人は庇ってくれる?利益もなにもないだろうに。
 どんな悲しい理由でも耐えられるよう、最悪の答えを考えておく。例えば……私を何かの囮として使うために、ここに置いておく、とか。
 そういえば……あの時私は制服だといっても女の格好だった。原田さんは私が女だと気づいているのだろうか?
 疑問だらけだ。

「……高橋が嘘ついてるようには見えねぇが、そんな胡散臭い話聞かされても簡単には信じられねぇ」

 土方さんはぽつりと呟き、一旦言葉を切る。適切な言葉を探しているみたい。眉間の皺は、間違いなく私が作った。申し訳なさからため息が出る。

「原田の言うとおり、一旦様子を見ることにする。異論はあるか?」


 誰も言葉を発しなかった。どうやら私は助かったらしい。
 風間と対峙したのがかなり昔のことに思える。安心した途端に疲れどっとが押し寄せた。ねむ、い。

「高橋は俺が連れて行く。今日のところは勘弁してやっちゃくれねぇか?」
「……わかった。斎藤は残っとけ」
「御意」

 頭がふわふわする。出来事が多すぎて頭がスパークしそうだ。
 喋るのも億劫で、頭を下げるだけにした。






 江戸時代の夜は静かだ。歩くたびにぎしりと軋む音以外音は何も無い。……いや、時々虫の声がする。
 私の後ろを原田さんが歩く。会話は無く、話す空気でもなかった。只ゆっくりと歩む。
 暫くして、後方から聞こえていた足音が消えた。振り返ると、真面目な顔をした原田さん。
 これから出てくるだろう言葉に耳を塞ぎたくなった。いやだ。それ以上踏み込んで欲しくない。

「言いたくないなら言わなくていい。…お前、どうして殴られてたんだ」
「……、」

 誰に、なんて聞くまでもない。
 握り締めた拳に汗が滲んだ。顔が歪むのを止める事は出来ない。


 何故かなんて、私が知りたいよ。




「……悪い」


 大きな手が背に回り、緩やかなリズムを刻む。あったかい。

「もう、大丈夫だ。大丈夫。怖い思いなんて、しなくていい」

 深い声が沁みわたる。何かがふわりと心を覆った。涙がぽろぽろと零れ、原田さんの着物を濡らしていく。

「俺らがなんとかしてやる。だから、大丈夫。安心しろ」


 どうしてか、頬が緩んだ。涙は止まらなかった。





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