何回も、何回も日が昇って沈んで、それでも私は布団の上で座り込むだけだった。
 正直、かなりきつい。ご飯はちゃんと食べないと山崎さんが怖い。ので、無理やり胃の中に詰め込んでいる。
 前までは痩せたくてたまらなかったが、今は痩せていくことが怖くて仕方ない。

(今は、いつだろう)

 定位置となった部屋の隅の布団の中。まるで引きこもりみたいだ。
 自嘲的に笑って、手のひらで顔を覆った。なんだか苦しかった。
 その時、廊下から数人の男の声―――平隊士の声が聞こえてきた。

「なぁ、とうとう将軍様の警護だぜ!」
「やっと俺の鍛練の成果を出す時がきたな……!」
「お前、鍛練なんていつしてたんだよ」

 将軍の警護……ということは、千鶴ちゃんが鬼と接触するところだっけ? たしか、その前に南雲薫と会っていた、ような

(「俺には一人の妹がいる。」)

 あれからかなり経った。流石にもう思い出して震えることは無くなったけれど、彼のことはあまり考えたくない。一瞬彼を助けたいと思ったこともあったけれど、やはり私は幸せな道を歩むだろう夢主人公と違って小心者だ。……可能な限り二度と、痛い思いはしたくないのだ。
 私は、去っていく足音を聞きながら布団から出て、そっと障子を開けた。

「!!」
「わっ」

 障子は勢い良くスライドして、私は体勢崩して床に倒れこんだ。

「大丈夫か、高橋」
「は、いや、すいません大丈夫です」

 慌てて立ち上がり相手を見ると、その人―――山崎さんは、何故か下を向いた。視線を追うと、そこには私の手。

「……どうかしました?」

 無言で手を見つめ続ける山崎さんは、任務へ行く前と同じ空気を持っている。気まずい空気に耐え切れず問いかけると、山崎さんは今まで聞いたことの無い声で言った。

「食べてるのか?」

 少し掠れた声は、静かな怒りを含んでいる。

(怖い)

「……一応、食べれる分は食べてます」
「そうか」

 それ以上は何も言わず、黙って部屋に入ってきた。棚から見覚えのある黒い着流しを取り出すと、無言でこちらに差し出す。
 おそるおそる受け取ると、山崎さんはやっと口を開いた。

「今夜、新選組は二条城にて護衛をすることになった。君は、今まで通りこの部屋で待機だ。……言うのが遅れてすまない」

 待機。……待機というよりか、動かないでいろという事だろう。

「分かり、ました」

 今更ながら、何かしないといけない気がした。このまま何もせず、ただ見守るだけでいいのだろうか?……だからといって、今の私は自分の身を守るのに精一杯なのだけれど。

「それから、」

 何か書類を持ちながら、山崎さんは言いかけた。

「はい」
「……いや、なんでもない。忘れてくれ」

小さくため息をついて、部屋を出て行った。

「……気になるじゃないですか」

 布団に倒れこむと、細かい埃が舞い上がる。
 受け取った着流しは、薬品の匂いが染みていた。

(情はあれど、監視対象をそこまで気にかける必要はない)

 骨ばった手が、脳裏に過ぎった。

(副長の命で生かしている。それだけだ。……生きてさえいれば、問題はない。飢えて痩せ細った者など、数え切れないくらい見てきただろう、山崎 烝)

 青年は再度ため息をつくと、迷いを振り切るようにクナイを握った。

 慶応元年、五月。
 少女の存在が物語を狂わせていくこととなる、最初の出来事だった





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