「保留だ」
「えっ……ほ、保留ですか」
「なんだ、文句でもあんのか?」
「いえ! ありがとうございます……」

 数週間前、私は土方さんから「保留」という処遇を言い渡された。どういう思惑があってそうなったのかは分からないけど、とりあえず殺されなくて良かった。
 まあしかし、信頼度0な私なので、千鶴ちゃんより厳しい監視と制限を受けることになった。
 まず、部屋を出てはいけない。必要以上に部屋の中であっても動き回らない。ご飯はなるべく早く食べること。風呂は二日に一回。(土方さんは私が女だと分かっているらしく、時間をずらして入るように言われた)トイレは絶対に一人で行かないこと。たとえ夜中であっても、山崎さんを呼ばなければいけないのだ。……かなり気が引ける。
 ……まあ、寝放題なのが唯一の幸せだろうか。
 ふう、とため息をつくと、藤堂くんに怪訝な目を向けられた。

「……はやく食って欲しいんだけど」
「お腹減ってないんです。下げてもらって構いませんよ」

 それほど多いわけでもない膳が、私の前にある。手はほとんどつけていない。この世界に来てからずっとこうだ。常に満腹感が胃に居座っている。時々ぐう、とお腹がなるので胃袋には何も入っていないと思う。

「あのさあ、閉じ込められて窮屈な思いしてると思うけど……ちゃんと食わないと力出ないだろ」
「それは分かってるんですけどね……」

 気遣ってくれてるのは分かるが、今の私にはお礼を言う余裕がない。膳を藤堂くんに押し遣って、布団に潜り込んだ。……失礼なのは、分かってる。

「……なあ、お前の名前なんだっけ?」

 うとうとしていたら、藤堂くんの声。まだ帰ってなかったのか。

「高橋 悠です」
「ふーん。じゃあ俺、お前のこと悠って呼ぶから、お前も俺のこと平助って呼んでくれ」

 ……は?いきなりイベント発生ですか。
 もぞもぞと布団から顔を出すと、そっぽを向いた藤堂くんがいた。

「同じくらいの年で、男同士だから……名前で呼び合った方が自然だろ?」

 藤堂くんは立ち上がって、「昼飯はちゃんと食えよ、悠」と言い残して部屋を出て行ってしまった。……膳忘れてる。
 明らかに照れていた彼の顔を思い出して、久しぶりに笑った。





「見事に忘れてたよ……まあ、予想はしてたけどねッ!!」

 バンッ、と破壊音が響き、何かが割れた。
 艶のある美しい黒髪を振り乱しながらそこらの物を蹴る姿は、まるで気の狂った白痴のようだった。
 暫くそうした後、おもむろに小刀を取ったその人間は、結っていた髪をほどいて刃を当てる。

「お前が俺と同等の苦しみを味わうには、どうすればいいかなあ……千鶴、」

 ザクリと音を立てて、濡羽色のそれは地面に落ちた。と、それを踏みつける足。

「あんなに一緒だった兄さんを忘れるなんて、よほど幸せだったんだね」

 すっかり短くなった髪に触れながら、その人間……いや、人間の姿をした少年は妖しく微笑んだ。

「……ああ、そうだ。あいつがいた」

 蔑まれた過去を消すように、地面の髪を踏みにじる。

「そろそろ、少しずつ溶け込んできたんじゃないかな……。でも、あんまりすぐに信用されちゃ困る。丁寧に結ばれた紐の方が、ほどけにくい」

 くつくつと笑い、少年は部屋の奥へ消えていった。
 美しかった髪はぐちゃぐちゃに散らばり、または絡まって、見るも無残な姿になっていた。





「でさ、やっぱ全然飯食わないんだよ。……なんつーか、放っといてもいいんだろうけど…。相当参っちゃってるみたいで……」
「そいつ、男なんだろ? 男だったら自分の身ぐらい自分で守れってんだ」
「それは、そうだけど……。新八っつぁん、まだあいつ見たことないだろ? 見れば、たぶん分かると思う」
「はあ? 何を分かれってんだよ。ただでさえ不審極まりない野郎に飯持ってってやってんだ、食わせる世話もしろなんて、冗談じゃねぇよ。なあ、左之?」
「……あ? ああ、そうかもしれねぇな」
「どうしたんだよ左之さん、元気ないじゃん」
「ははーん、もしかして酒呑みに行きてぇってんじゃねえか? よし行こう! もちろん左之、お前持ちでな!」
「……ああ」
「………は?」
「……ほんと、どうしたんだよ左之さん」

いや、なんでもねぇよと首を振った男は、一息ついた後自室に戻ると言って部屋を出ていってしまった。

「新八っつあんのせいだ」
「はああ?! 俺何もしてねーだろうが!」

(いや、まさか……な。)

異国の服を着た少女が長州の根城で受けていた行為を思い出し、そして少し前に聞いた土方と斎藤の会話を思い浮かべ……原田左之助は、重いため息をついた。





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