少女はふと、誰も居ないはずの医務室に人の姿を見た気がした。 本人は気づいていないが、少女は時々大胆な行動に出る。そのたびに周りは胆を冷やし、それでも邪険には扱わない自分にため息をつくことが多々あるのだ。 自分が監視されている身なのも忘れ、障子越しに部屋の中を窺う。 「……?」 寝息が聞こえた。時刻は早朝をやや過ぎたころ。朝とはいえ、屯所内で起きていない者はなかなか居ない。 少女の中で好奇心が首をもたげる。障子に軽く触れた。一瞬躊躇った後、そっと開ける。 「う……」 高くもなく低くもない、中性的な声が聞こえた。出所は部屋の隅にある布団の中。 背後の影に気づかぬまま、少女は布団に近づいていった。 少女がまさにぐっすり寝入ってる人物―――悠の顔を見ようとした瞬間。 「何してるのかな、千鶴ちゃん」 「ひゃ、お、沖田さん!」 沖田と呼ばれた青年が、少女へ笑みを投げかけた。しかし、笑顔の中には静かな怒りも含まれている。 「あのさ、もし中に居るのが普通の人じゃなかったらどうする気だったの?」 かなりきつい口調で問い詰めた。 「別に君が斬られようが殺されようが僕は気にしないけど、こんな明るいうちから騒ぎを起こすようなことはやめてほしいな」 「す、すみませんでした」 千鶴は身を小さくして謝るも、沖田の目から非難の色は消えなかった。 「もうこんなことがないように、大人しくしててよ」 「は、はい……」 少女がとぼとぼと部屋を出たのを確認してから、沖田は大きなため息をついた。 「あのさあ、だから動くなって言ったでしょ。君、斬られたいの?」 布団は悠の呼吸で少し上下に動くだけだった。 「土方さんも、なんで保留にしたかなあ」 やれやれ、と呟いて、障子を開ける。 「次変な行動とったら、問答無用で斬るから。君の処遇は保留だけど、保護ってわけじゃないんだ」 けほ、と小さく咳をして、沖田は出ていった。……少しして、布団がもぞもぞ動き始める。 夢の中のはずの彼女は、目をしっかり開けていた。 (殺されるかと思った……) 千鶴に顔を見られそうになった時も少々恐ろしかったが、悠の寝たふりに気づいていた時の沖田は、もう人を震え上がらせるために生まれてきたんじゃないかというほど恐ろしかった。 主人公に、話の核に関わるのは怖い。そして、主人公と同格の権力者―――攻略相手に関わるのも。 今しがた確信した。雪村千鶴への厳しい言葉は、(何よりもではないかもしれないが)大切な仲間を守るためのものであり、それだけ彼女が大切だということ。大切な仲間を不審な人間から遠ざけるためのきつい言葉。 たぶん…このままでは、沖田ルートへ進んでしまうだろう、と思う。他の幹部の様子を見なければ何とも言えないが、きっとそうなってしまうだろう。 もう二度と勝手に部屋を動き回らないようにしようと決意して、瞼を閉じた。 「何故保留にしたのですか、副長」 「……総司も同じこと聞いてきた。そんなに不満か?」 「いえ、ただ副長のお考えを知っておきたいと……」 「そうだな。斎藤、あいつのことについて考えたことを言ってみろ」 「は。殺気などもなく、ただ怯えている所を見れば、ただの農民、もしくは商人ととれますが、その怯えは我々の警戒に対してであり、新選組へのものではありません。新選組を知らぬほど遠い地に住んでいたからと思われます。外見から推測すると、手に傷等が無く、髪も痛んでいないため、かなり上級の商家の者かと」 「それだけか?」 「……もうひとつありますが、主観的なものです」 「言ってみろ。」 「……纏っている空気が、どこか異質な気がします。話し言葉も、少し違うように感じました」 「……なるほど、流石だな」 「お褒めに預かり光栄です」 「俺の考えも、それと大差ねえ。ただ……俺は、あいつが異国に住んでたんじゃねぇかと踏んでる。本人は生まれを言わなかったが、言わなかったんじゃなく、言えなかった……そう考えてる。……色々調べる必要がある、だからこの件は保留にした」 壁の向こうで聞き耳をたてる者が居ることに、二人は気づいていない。 その人間は難しい顔をして、その場を去っていった。 |