男が重いため息をついた。あたりは暗く、その部屋には灯りがともっている。

「……で、あいつは女だと。そういうことか」
「はい」

 再びため息をついた土方は、目の前に佇む男――山崎 蒸を見た。
 彼の目は真剣で、とても嘘をついているようには見えない。
 三度目のため息をついた後、短く「理由は聞いたか?」と言った。真っ直ぐにこちらを見据える瞳が、一瞬逸らされる。が、すぐに元に戻り、「いえ。まだ聞いていません」と口早に返された。
 山崎の纏った空気が妙に騒がしくなったのを感じ、心の中で四回目のため息をつく。

「とにかく、あいつが飯食えるぐらいになるまでは保留だ。監視と治療、頼んだぞ」

 軽く礼をし出て行く男を見送ったあと、土方は小さく舌打ちをした。

「男装の女に縁でもあんのか、俺は」

 一人ごちた後、静かに思考を巡らせる。落ち着かない空気を帯びた京の都。総司の妙な咳。もう一人の少女と鬼の存在。そして、隊内を狂わせる真紅の液体。

 ふと眉間にすさまじい皺が寄っているのに気づき、5回目の重く大きいため息をついた。





 布団に潜っている少女は軽くため息をついた。数刻前のことを思い出し、再び息を吐く。

「私…男装…男…でもばれた……」

 ぶつぶつと呟く姿は妖怪のようで、かなり怪しかった。
 ぎしりと床が軋む音を耳にして、慌てて目を瞑り寝たふりをする。障子の向こうに誰かがいるのは分かるが、誰なのかまではわからない。
 と、その誰かが障子を開け中に入ってきた。





 気づいたのは、傷の手当のために服を脱がせた時だった。上半身に巻かれたサラシを見て、嫌な予感がした。そして、その予感は当たってしまった。
 そのときは一刻を争う傷だったためやむを得ず必要なだけ脱がせた。が。
 困ったのはその後だ。
 治療のためにも体はなるべく清潔にしなくてはいけない。だから、包帯を取り替えなくてはいけないのだ。いくら年が離れていようと、異性は異性。考え込んだが解決策は見つからず、結局なるべく目を瞑って事を終えることにした。そして彼女が目覚めた今、更なる問題が浮上した。
 彼女に知られず包帯を代えることは、不可能だ。
 暫く思考した後、彼女自身が代えれば良いことに気がつく。

 そしてそれは失敗だった。
 よほど裕福な家庭で育ったのか、包帯の巻き方も知らなかった。今度から自分で出来るように教えながら巻いたが、あまり分かっていないようだった。
 道具を片付け、一息ついたところで質問をした。答えによって生死が決まる、重い質問だ。

「君は……どうして男装しているんだ?」



 体が強張ったのが自分でも分かった。
 薫の顔が脳内に溢れる。

――ぐちゃぐちゃにしてほしいんだ

 カタカタと震える肩を必死で押さえながら、口を開いた。だが、喉が掠れてうまく声が出せない。
 見かねた山崎さんは、「もういい。寝ていろ 」と言って部屋を出て行ってしまった。……殺されてしまうのだろうか。
 嫌だ。なんとしても、元の世界に戻りたい。そりゃあ、イケメンが見れて嬉しくないわけではない。だけど、顔云々より警戒の目が怖い。薫だって、こんな目は向けてこなかった。そのかわりたくさん乱暴を受けたけれども。
 ああそうだ。今男装しているから……ばれたら、まずいんじゃ。

「うわぁ……」

 思わず声が漏れた。





 質問を聞いたとたん、小刻みに震え始める少女。放っておいたら舌を噛んでしまいそうだった。
 よほど恐ろしい目にあったのだろうか。俺の問いに答えようと必死に口を動かすのを止め、寝ているように言ったが、それでも顔は青ざめたままだった。
 これは、異常だ。
 とりあえず副長に男装の件を伝えるべく、俺は部屋を出る。今にも自害しそうに青い顔をした少女。戻るまでに何も起こらないことを願いつつ、足早に歩いた。





入ってきた誰かは、私の横に座りため息をついた。
しばらく座っていたその人は、再びため息をついて立ち上がった。

「……早く寝ろ、高橋」

 目を見開く。が、既に彼の姿はなかった。

(苗字…呼ばれた……)

 予想していなかった事に、思わず元の世界で味わっていた感情を思い出す。そして、一瞬今しがたの出来事を『イベント』と捉えてしまった自分に苦笑した。

(最初のも、イベントだと思えればよかったのに )

 薫の願いも、苦しみも、向けられた痛みも、全部イベントと捉えられたなら。
 目を閉じて、あれは選択ミスの時のストーリーだ、と言い聞かせる。

――またね、悠

「…、うっ…」

――似合ってるよ
――ほんと、むかつくよ

 ストーリーに、ならない。画面の向こうの言葉にならない。

「なんでっ……」

 嗚咽を堪え、涙目で天井を睨みつける。
 それでも、『薫』だけは現実のままだった。




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