「名は」 「高橋 悠、です」 「年は」 「じゅ、十七です」 「どこの生まれだ」 「……えと、」 「……」 まさかマンツーマンで尋問を受けるとは思っていなかった。まったく予想外だった。 今、私はあの鬼副長、土方歳三の部屋にて質疑応答の真っ最中だ。空気がピリピリ張り詰めていて、出来ることなら今すぐ逃げ出したい。いや、出来なくても逃げ出したい。画面上では凛として美しかった鬼の顔も、実際に目の前にしてみると大迫力過ぎてかっこいいなんて言ってる場合ではなかった。 「……自分の故郷もわからねぇのか」 「す、すみません」 怖い怖い怖い!眉間にくっきり刻まれた皺が私を責め立てる。 殺されやしないかと、ひやひやしながら次の言葉を待った。 「まぁいい。……で、どうして屯所の前に倒れてたんだ」 「それは……です、ね……」 予想はしていたが答えを出すことが出来ない質問をされ、口ごもる。それを見て何を思ったのか、眉間に皺が数本追加された。これはまずい。 「私、旅をしていまして……その、不逞浪士に遭ったというか……はい」 刀も持たないで旅をするものがいるだろうか。……いや、浪士にとられたということにしよう。 「……。そうか」 聞こえた言葉に安堵した。が、相手の顔を見てそれは撤回した。 「……お前、五日前に何かおかしなものを見なかったか?」 向けられた視線で身が切れそうだ。発する言葉の端々から圧力がビリビリと伝わってくる。 浮かんだ表情は、さっきの比ではないほど『鬼副長』だった。 与えられる緊張で額から汗がふき出した。固まる思考を必死に動かし、言うべき言葉を探したけれど、なんと言えば最善の話へ持っていけるのか分からない。これがゲームではないと無理やり実感させられる。いつ死ぬか、分からないのだ。 「おかしなもの、とは……具体的にどんなものでしょうか」 「見たなら分かる。はぐらかすんじゃねぇ」 駄目だ、どうしても答えなければいけないようだ。 落ち着こう。元の世界に戻るにはなんて言葉を言えばいいのか。どうすれば安全だろうか。 もしこのまま見てないと言えば、遅かれ早かれ新選組を出ることになるだろう。 そうなれば、刀も何も持っていない私はいつか死んでしまうに違いない。それに、彼……薫に、何をされるかわからない。 頭が痛みを思い出したのか、ちくりと小さく頭痛がした。 言うしかないだろう。 決意し、ふと疑問が浮かぶ。 目の前の男は、羅刹を見たのが五日前か、と聞いた。自分が羅刹を目にしたのは、二日前ではないのか? たしか、昨日薫に突き飛ばされ、その前日に羅刹に遭遇したはずだ。 思い出してみて、よく生きていたなと少し感心した。 「二日前でしたら、……見たと思います」 「二日前?」 土方は何かを考えるようにゆるく瞑目した。しかし、その時間は短く、次の瞬間には呆れたような表情で私を見つめた。 「お前は、三日間寝込んでいた。……腹もすいてるだろうから気づいていると思っていたが」 「え、」 「相当の傷を負っていたからな……助からねぇ怪我じゃなかったが、まさか三日で目覚めるとは思わなかった」 「そう、だったんですか……」 まあ、その話は後だ。 混乱する私を落ち着けるように言い、さっきまで身を潜めていた威圧を再び発した。突然のそれに混乱と焦りと緊張で汗がだらだら流れる。三日間寝ていたと知った今でもお腹はすいていない。どうしてだろう。 心に少々わだかまりを残しつつ、自棄になってすべてを吐いた。 「白髪で、瞳の赤い武士を……化け物を見ました。私の知っているおかしなものはそれだけです」 沈黙が場を支配した。お互い身動き一つしない。 ゆっくりと目を閉じた土方は、やがて深いため息をついた。 「部屋に戻れ。お前の処遇は明日伝える。……くれぐれも、逃げるなんてこと考えんじゃねぇぞ」 紫紺の瞳を細め、刻み付けるように放った言葉は聞いた事があるような気がして、現実であってもここはゲームの世界だと。 決して、関わることのないはずの世界だったと思わされた。 「山崎、こいつ見張っとけ」 「分かりました。……行くぞ」 部屋の隅に鎮座していた青年は、私に一声かけると一礼して部屋を出た。 一瞬目の前の男に何か言うべきか迷い、立ち上がるのを躊躇した。 「……あの、助けてくれてありがとうございました」 畳に手をつき頭を下げる。息を呑む気配がしたが、それきり彼の方を見ずに部屋を出た。 もしかしたら明日にはもう生きているかさえわからない。ここの人の手によって殺されてしまうかもしれない。 それでも、久しぶりに感じた優しさが心を揺すり、感謝を言わずにはいられなかった。 後ろを歩く青年が巻いたであろう首の包帯にそっと触れ、悠は歪んだ視界を振り払うように瞬きをした。 |