「入って」

 連れてこられたのは一軒の小さな家。入り口には数人の男が見張りをしていた。

「……そうだ、さっきの所にこんなのあったんだけど、お前のだよね?」

 薫の手にあるのは、私のリュックともらってきた浴衣と包帯。

(そっか。私、修学旅行で京都に来てたんだっけ……)

 バスの中で友達とはしゃいでいたのがもうずっと昔のことに思えた。

「はい、私のです」

 返してもらおうと手を伸ばしたけれど、薫は微笑むだけで返してくれる気配は無い。

「せっかくだしこんな汚い浴衣以外のもの着てみたくない?」
「え?」

 返事を待たず、彼は私に背を向けどこかに行ってしまった。

(リュック……)

 どうする事も出来ず、入り口に立ったままでいると、薫は黒い何かを持って戻ってきた。

「着て」
「……え?」
「着ろって言ってんの」

 こちらを睨みつけながら、黒いそれ、着流しを差し出してくる。
 いや、あの汚いのを着るよりはいいんだけど……。

「どうしてですか?」

 思っていたことが自然に口に出た。
 慌てて口をつぐんだが、彼はただ微笑むばかり。

「着たら教えてあげてもいいよ」

 何を考えているのかまったく分からない。ここは素直に着替えるべきか。
 そして気づいた。

(私、着物の着方わかんない……)

 どうしよう。
 おろおろしていると、薫が訝しげにこちらを見てくる。

「知りたくないのかい?」
「あ、いや……そうじゃなくて、その……。着方が分かりません」

 薫は私の言葉に一瞬驚いた後、ああそっか、異国から来たんだってね。と頷きながら私の格好をまじまじと見つめた。……疑われてる?

「あの、そういうことなので……失礼します!」

 向けられた目線に耐え切れず、立ち去ろうとする。
 と、目の前には入り口にいた男達が立ち塞がる。

「分からないなら教えてあげるよ。君にはやってほしいことがあるからね」

 背後から耳元で囁かれ、恐怖で身が縮こまる。白くほっそりとした指が、私の喉を捉えた。

「俺が教えてもいいけど、一応お前は女だろう? 女を連れてきてあげる。俺は優しいからね」

 首から白い手が離れ、彼はどこかへ行ってしまった。

 震えが止まらない。カクン、と足が折れ、そのまま地面に膝をついた。

(なんで、最初に会ったのが南雲 薫だったんだろ……)

 憎しみに染まった瞳を見るのは怖い。それに、時々見せる優しい笑顔が辛かった。
 かつては千鶴ちゃんに向けられていただろうそれ。ゲームをやり終えた後、何故彼が幸せになるエンディングは無いのだろうと憤りを感じた。

 はたと、思いついく。もしかしたら……、



彼の最期を、運命を、変えることが出来るかもしれない。





 数分後、彼は女の人を連れて戻ってきた。部屋で着替えを手伝ってもらい、お礼を言う。
 女の人は普通の町にいる人だったようだ。彼が何と言って連れてきたのか、少し気になった。

「似合うね。とても女の子とは思えないよ」

 褒めているのか貶しているのか分からない。とりあえず小さく有難う御座います、と呟いた。
 黒い着物は思っていたより体に馴染んだ。

「俺は、」

 前触れなく話し出す。私は慌てて耳を傾けた。

「お前に、新選組をぐちゃぐちゃにしてほしいんだ」





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