「異人……ではないね。異国から来たのかい?」

 驚きのあまり声も出せない。彼の登場は、本当に予想外だった。

「……聞いてる?」

 前髪を掴まれ、痛みに顔をしかめた。

「異国から来たの? ねえ」
「い、こくから、来ました」

 ぶっちゃけ異世界だが、異国でもあまり変わりはないだろう。
 へぇ、と彼は面白そうに微笑する。女顔負けの美しい微笑みに、一瞬自分が置かれている状況を忘れた。

「何、呆けてるの」

 眉間に皺が寄る。彼の髪はまだ長い。ということはまだ話はそれほど進んでいないだろう。

「……お前ら、先に行ってろ」

 私を睨みつけたまま薫は命じる。男達は軽く礼をし、去っていった。
 パッと前髪を放される。思い切り地面に頭をぶつけてしまった。痛みに呻いていると、クスクスと笑い声がした。

「俺、お前みたいな人間ってすごく嫌いなんだよね」

 言葉の意味を理解する前に、今度は首をつかまれ壁に勢いよく押し付けられる。けほ、と咳が出た。

「何不自由なく生きてきたんだね。傷も痣も、全然無い。髪も痛んでない。恵まれた生活だったんだね」

 彼が言葉を発するたびに気道が狭められていく。苦しい。なんとか息を吸おうとしてもがいたけれど、なんの抵抗にもならなかった。
 目の前にある薫の顔が、ぼやけていく。涙が自然に流れ出た。

「ほんと、ムカつくよ……。俺がどれだけ苦しい思いをしたか、あいつは何も知らないんだから」

 ほんとにやばい。視界が暗くなっていく。
 首を絞めてるものを両手で掴んでとろうとしたが、力が入らずわずかに腕を揺らすしかなかった。

「……」
「っ、げほ、ごっ、ふ、」

 急に締め付けから開放されて、力が抜けて座り込んでしまった。空気を取り込みすぎて咳き込む。

「君に興味が出たよ」

 涙で滲む視界に彼の整った顔が映る。

「あいつらの中に放り込んだらどうなるのかな……?」

 薄い微笑みを湛えながら独り言のように呟く。いや、独り言なのかもしれない。
 しゃがみこんだまま息を整えていると、いきなり手首を引っ張られ、無理やり立たされる。

「行くよ」
「は、」

 そのまま腕をぐいぐいと引かれ、強制的に歩かされる。
 以前ならどきどきしていたシチュエーション。

 今はただ恐怖を感じるだけだった。




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