手を洗って、通りへ戻る。
 そして、目に飛び込んできた光景に愕然とした。
 修学旅行ということで少し浮かれていたとは思うが、幻覚を見るほど楽しい頭は持っていない。
 
 私は、木造の家が立ち並ぶ通りの真ん中に立っていた。
 
 さっきまでは昼で太陽が地面を照りつけていたのに、どういうわけか辺りは暗く、上を見上げれば月が出ている。
 電気のついている家はひとつも無く、静まりかえっていた。
 足を一歩踏み出して気づく。足元にあるのは灰色の無機物ではなく茶色い土。

 まったく状況が掴めない。
 
 とりあえず動くことにしたが、歩けど歩けど同じような通りが続く。まがりなりにも運動部の自分だが、流石に疲れてきた。
 どこからか野良犬の吠える声が聞こえる。

「何で真っ暗なの……」

 今どき真夜中でも電気がついている家は多い。そうでなくとも街灯の一つや二つあっても良いはずだ。
 不気味。その一言に尽きる。

 ふと、どこからか生臭い、血のような匂いが漂ってきた。
 匂いはどんどん近づいてくる。
 なんとなくここにいたらまずいような気がして、あたりを見回す。その間にも匂いはどんどん近づいてくる。
 匂いが近づくにつれ足音まで聞こえてきた。

『……ぐちゃっ』
「!?」

 あまりの不快音に、思わず音のした方を見る。
 そこには、

「ひゃはははは、はは! 血ぃ! 血だぁッ」

 白髪に水色の羽織を着た化け物が、何かを、……あまり考えたくない何かを、めった刺しにしている。
 その光景は、若干17歳の悠には少し刺激が強すぎた。

「な、に……気持ち悪……、うっ」

 吐き気を覚えてその場にうずくまる。それがいけなかった。

「あァ……? 女、女がいるぜえ!! 女の血ーっ!」

 化け物が全速力でこちらに向かってくる。うずくまっていた悠はすぐに逃げられない。
 慌てて立ち上がったが、時既に遅し。化け物が血で真っ赤に染まった刀を振り上げていた。

 真紅の瞳と目が合う。

「ら……せ、つ……?」

 真紅の瞳と白髪。どこかで見たことあるような……。

「は、薄桜鬼!!」
「ア……?」

 突然大声をあげた私に驚いたのか、羅刹は動きを止める。

(今のうち!)

 震えて思うように動かない足を無理やり立たせ、転びそうになりながらも必死に駆け出した。背中のリュックがかなり邪魔だが、下ろしている場合じゃない。
 赤い目で刀を振り回す人間なんて、現代にいるはずがない。何故かわからないけど、私はトリップしてしまったということか。
 薄桜鬼の世界に来れたのなら嬉しいことこの上ない。
 でも、

(もっと平和にトリップしたかった……!)

「ひゃはっ! ひゃはは!」

 色々考えているうちに羅刹はすぐ後ろまで迫っていた。しかも数が増えている。

「も、むり……」

 限界がきた足はガクガクと揺れ、もつれる。悠の体はそのまま前方に倒れた。

(……地面にぶつからない?)

 倒れる時間がやけに長い。下方から、水の音がする。

(まさか……うそ、)

ドボンッ

 清々しい音をたてて、悠は水の中に沈んでいく。
 白髪が去ったのを水中で確認し、ゆっくりと息を吐いた。
 空気の泡がゆらゆらと昇っていくのを最後に見て、悠は意識を手放した。





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