セツナレンサ


※主人公=芽衣ちゃん
 ねつ造多めです

斬り裂いたその感覚を俺は一生忘れないだろう。魔に侵され色を失ったそいつの赤は、もう何度も見てきた。鉄臭い戦場で、いつだって最初に斬り込んでいったのはそいつだった。
どうして。問うても答えは既にある。それでも割り切れなかった。早く刀を鞘に納めなければ。しかし、体は動かない。
大切な友だった。殺したのは自分だ。……殺さずに、祓うことなど出来なかった。物の怪は常に人と対極に在る。殺すしかなかった。殺すしか、なかった。

初めて人の為に泣いた。


あれからいくつもの年月を経て、時代は移り人々の装いも変わった。あの奇妙な小娘は相も変わらず俺に近づいてくる。何を考えているのか皆目見当つかない。どうして俺を慕うような素振りを見せるのか、本人に問うても明瞭な答えは返って来ないだろう。
そんなことより、今はこの物の怪を倒さねば。
振り上げたそれは、宙で静止した。
娘が一人、両手を広げていた。

「……何をしている。退け」
「い、嫌です!」

大きな瞳を震わせ、立ちはだかる小さな壁。押し退けている間に物の怪は逃げてしまうだろう。……ならば、共に斬ってしまうか?

「……退け。貴様諸とも斬るぞ」
「……っ」

そいつはキッと鋭い眼差しを俺に向けた。譲る気はないらしい。
今度は躊躇わなかった。憑かれたこいつを始末するより今やってしまった方が遥かに良い。後ろの物の怪が牙を剥く前に、とどめを――。

『斎藤』


軌道は逸れた。刀身は地面に突き刺さり、遅れて彼女の髪束が舞う。物の怪は消えていた。

『斎藤』

現実と違わないほど鮮明に響いた声。何故今蘇ったのか、理由は分かっていた。

「……ふ、じたさ……」

こいつが。この娘が。

「お前はどうしてこうも俺の邪魔をする」

死ぬ前のあいつと同じ表情をしたからだ。

『斎藤。お前は真面目で融通が利かないから、上に言われれば親でさえ斬ってしまうんだろう。それはお前の良いところであり悪いところだ。……いつか大切な人が出来たら、命なんて関係なく、それを守れるようになれよ。なって、くれよ』

「藤田さん?」

小さな顔が覗き込んでくる。俺は、いつの間にかしゃがみ込んでいたらしい。すぐに立ち上がろうとしたが、出来なかった。娘に手を握られていた。

「……何をする」
「だって……藤田さん、その……泣いているように見えたので」
「泣く?」

まさか。……頬に触れてみる。流れるものはなかった。
ああ、そうだ。涙を流すことなぞない。俺はもう、いつ何時でも、友を失っても、泣くことはない。笑顔さえ浮かべられる。それだけ時が流れた。

「……離れろ」
「は、はい!」

飛びのいた娘は、何も知らない無垢な顔をしていた。もう這い上がれない底へ落ちた俺とは真逆だ。……この娘は、悲しいときに泣き、楽しいときに笑うのだろう。

「……次はない。行け」

吐き捨てるように言えば、娘は逃げるように去った。
斬るという決断に罪悪感はない。物の怪に憑かれた者の最期は見るに耐えないのだ。

『いつか大切な人が出来たら』

今のところ、出来る予定は無い。――それでも、いつか、誰かを守れたら。そしたら、お前を殺してしまった罪は拭えるのだろうか。汚れきったこの手で誰かを慈しむことが出来るのか。許されるのか。
夜空を見上げた。虚しくは無い。しかし。

『ああ、分かった。お前の言うことならば、やり遂げねばならんだろう』

あの時約束してしまった自分が、ただただ切なかった。

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