教室


 全身の毛が逆立ったように思えた。喉はカラカラに渇いて、だのに変な汗がダラダラ出てきて、吐く息だけがヒュウヒュウとうるさかった。足から力が抜けて、床に座り込む。それでも目だけは相手を見たままで、停止した脳を持て余していた。

 なにがどうなってるんだ。

 チリチリと揺れる翡翠がこちらをじっと見つめる。見つめ返す。彼の口元に、無意識に目がいく。血液が凄まじい勢いで全身を巡る。何か言わなくては。……何を?

「チッ」

 迷っているうちに、彼は教室を出て行ってしまった。舌打ちを残して。

 ドッと汗が吹き出る。顔が熱くて、指先が冷たくて、涙目だった。なんで舌打ちされなきゃいけないんだ。なんでこんな目に遭うんだ。……なんで、キスされたんだ。

 こめかみがドクドク脈打っている。我に帰って顔を上げたら、外は既に暗くなっていた。


***


 翌日から空条くんは学校に来なくなった。どうしてあんな行動を取ったのか、聞くに聞けない(来ていたとしても、聞けるかは分からないけれど)。前から来たり来なかったりだったけれど、パタリと消息が途絶えてしまったのだ。いつも彼の周りでキャアキャアしていた女の子たちは不安そうに顔を見合わせていた。大丈夫なんだろうか。出席日数とか。

 二週間経った。空条君は今日も休みだ。彼のロッカーには薄く埃が乗っている。と、女の子がそれを真新しい雑巾で拭き取っていった。

 一ヶ月過ぎて、それから少し経って、やっと空条君は登校してきた。以前と変わらない威圧感……むしろ増したかもしれない。華やかな女の子たちが、どうしたのJOJO何かあったの寂しかったわキャアキャア、ワアワア、と約一ヶ月ぶりの空条くんに声をかけている。彼はそれを強引に突っ切り、ドカリと自分の椅子に座った。始業の鐘が鳴る。

 ――何も無い。私の方を見ることもない。
 なんだかがっかりした。期待していた私が悪いのだけど、でも、誰だってキスされたら……いや、でも、あんなにおっかない人からの……おっかないけど、格好良いじゃないか。だから、何かあるのかぐらい思っても仕方ない。
 一ヶ月ぶりに回ってきた学級日誌を開く。そういえば、あの日も日誌当番だった。





「……」

 夕暮れ、教室に二人。私と空条くん。必死に日誌をまとめる私と、煙草をプカプカふかす彼。彼はそれ以外に何かするわけでもなく、時たま煙を吐き出している。学校でそんなことしていいのか、どちらかと言えば模範生である私は疑問を抱いたけれど、空条君相手にそんなこと言えるはずもない。

「おい」

 低い、おなかに響く声が上から降ってきた。顔を上げると、翡翠と目が合った。綺麗な色。鈍く煌いて、吸い込まれそうになる。
 次の瞬間、吸い込まれてしまう前に、吸い付かれた。
 力いっぱい目を瞑る。鉛筆が床に転がる。遠くで机と床が擦れる音がした。物凄い勢いで血が巡る。ぎゅんぎゅん、回り、巡って、唇が、頭が、もう、わからない。
 ゆっくり、顔が離れていく。彼は仏頂面のままだ。

「理由は聞かねえのか」

 背の高い彼から見下ろされると、もう逃げ場はないような気がした。口を開いても空気が出たり入ったりするだけで音は出てこない。

「……みょうじ」

 名前を呼ばれ、なぜか涙が溢れる。彼はそこでやっと、ちょっぴり表情を変えた。眉が少し下がって、困っているように見えた。

「悪かった」

 長い学ランが翻り、離れていく。違う、違うんだ。伸ばした手は届かない。火照った頬と、未だ流れ続ける涙とを持て余して、私は一人、取り残された。

「くうじょうくん」

 掠れ声は、からっぽの教室によく響いた。

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