手入れの人


※ねつ造過多

 慎重に目釘を抜き、刀を鞘から抜いた。本来の輝きとは程遠い姿に、息を呑む。これはまた、随分無理をしたらしい。
 手順どおりに手入れを終わらせ、刀を元に戻す。障子の向こうは暗く、日が暮れてからかなり経っていると分かった。額の汗を拭い、刀身に落ちなかったことに安堵する。相手は神だ。万が一錆びさせてしまえば祟りでは済まない。
 指定された場所に刀を戻し、この屋敷の主人が訪れるのを待った。夕餉の準備をしている頃だろうか。それならかなり待つことになりそうだ。
 身体にかかったまじないは主人の前のみ力を発揮する。神々が生活する場所に、審神者以外の人間がうろうろしているのは余り良くない、らしい。手入れ時は、まさか小さい体であの繊細な作業をすることは出来ないので、元の姿に戻してもらえる。
 触れている神は、私の姿が見えているのだろうか。


「見えておりますとも」


 顔を上げる前に、顎を掴まれた。赤い目が笑っている。うっすら開いた口から、牙が覗いている。
 声も出ない。いや、出せない。男の指が頬をなぞる。

「これこそが仮の姿かと思っていたが……いやはや、こちらが真であったか」

 男の喉からは、獣に近しい音がした。喰われる。そんな言葉がふと頭に浮かび、いやいやと首を振った。この男は恐らく、いや確実に刀だ。主以外に興味を示すことなど皆無……皆無のはずだ。どういうことだ。なんだこれは。爪が頬に食い込んで痛い。やはり先ほどの手入れで何かやってしまったのだろうか。祟られるのか。殺すのなら一思いにやって欲しい。

「も、うしわけ、ありま、せん」

 搾り出した声に、付喪神は目を丸くする。鋭い牙を持つ神は、一瞬間を置いてから笑った。

「なぜ謝る」

 顎を掴んだまま、笑みを浮かべて神は問う。

「あなた様の方から、私たちに干渉するのは、何かしてしまった、からだと、思ったので」

 食い込む爪が痛くて涙が滲んできたが、離してくれとはいえない。私の返答に満足したのか、赤目の神は小さくなるほど、と呟いた。

「常と変わらぬ良い手際。なに、そう涙を浮かべずとも私は怒っておりませぬ。感謝こそすれ、ぬしを祟るなどもっての他」

 神はそう言うと目を細めた。涙は痛みからだとは到底言えず、黙りこむ。と、一つの足音が手入れ部屋に近づいてきた。

「ぬしさまのお出ましか」

 はっきりと喜色を含んだ声をあげ、赤目の神はあっさりと手を離す。途端に私の体は縮み、主人の前に相応しい姿に戻った。そっと息をついたのは、バレていないだろう。
 スッと障子が開かれる。現れた主に、私は頭を下げた。いつもと変わらず、我々に「ありがとう」と一言かけ、労わってくださる。とても良い人だと思う。

「無理させてすまんな、小狐丸」
「いえ、ぬしさまのお役に立てるならばそれで」

 障子が閉められ、足音と話し声が遠ざかっていく。頬に触れると、はっきり痕が残っているのが分かった。
 明日は他の人に代わってもらおう。

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