こうして面白いのか面白くないのかわからないゲームをピコピコやっている間にも眠気はゆっくりと私の脳味噌を蝕んでいって、まるで太陽が沈んで夜が来るのと同じように違和感なく私は死んでいく、死んでいった家族に習って、きっと眠っているような顔で、安らかに。
 もうどれだけの人が生き残っているのかわからない。病名も発表されないままに瞬く間に全世界を覆った病はそろそろ地球を征服し終えるだろう。奇しくも不登校児兼引きこもりだった私は、病のことなんて全然知らずに、感染することもなく生きてきた。いつもならご飯は母親が持ってくるはずだったけれど、一週間前から音沙汰無しだ。とうとう見放されたのかと思っていたが、メル友である奈倉という男によるとどうやら死んでしまったに違いない、らしい。
 弔うにも、部屋から出れば即御陀仏。病について詳しく教えてくれた彼は、絶対に部屋から出ないことを私に誓わせた。それ以来おやつになる筈だったお菓子が私の生命線になっている。風呂は、ウェットシートで我慢だ。

『もう眠い?』
「うん、かなり」
『俺もちょっとやばい』
「どうしましょう」
『あのさ、良かったら会ってみる?』
「マジか」
『君の家の近くのコンビニで待ってるよ』

 旧型の携帯の画面を見詰める。少し考えてから、パーカーを羽織って部屋を出た。

 冷たくなった妹を跨ぐ。玄関で座り込んでいる祖父を退かして、恐る恐るドアを開けた。

 ――月光。蒼い光がアスファルトを照らしている。ひやりと冷たい大気が頬を撫でた。
 少し歩くと、人が倒れているのが目についてきた。車が塀に突っ込んだり、不審な煙をあげている袋があったり、まるで廃墟に来てしまったようだ。……いや、正真正銘、ここは廃墟なんだろう。街灯も明かりを失っている。生き物の姿は見られない。

「おーい、こっちこっち」

 誰かに呼ばれ、声のした方を見る。

「……奈倉さん?」
「ああ、うん。初めまして、奈倉です」

フード付きの黒いコートを着た細身の男性が、コンビニの袋を持って立っていた。かなり整った顔である。

「初めまして。……あー、どうして急に会うなんて?」

 話が途切れるのを恐れて、私は質問をした。奈倉さんはニイッと軽薄そうな笑みを浮かべ、何ででしょう、と聞き返す。私は黙り込んだ。
 月影。只でさえ白い肌を不健康に染める。ざりざりと砂を踏んで、奈倉さんは私の前までやって来た。

「きっと君がここにやって来た理由と同じさ」

 食べる?という言葉と共に差し出される袋。受け取って中を覗くと、温くなった肉まんが入っていた。

「……私」
「うん」
「奈倉さんから返事が来なくなって、一人でゆっくり死んでくのはやだなあって思って、どうせ死ぬなら一人より二人が良いと思ったんだけど」
「けど?」
「やっぱり一人で死にたいなあ」
「何故?」
「だって」

 だって、あんた、奈倉じゃなくて折原臨也だから。
 とは言えなくて、私は唇を固く引き結んだ。こいつ、本当に嫌なやつだ。私を不登校に追い込んだのはこいつなのだから。

「ね、昔みたいに膝枕してよ」

 フラッシュバックする光景。悔しくて唇を噛み締めると、すらりとした指がそっとそれを諌めた。

「……」
「普通の人間で生き残ってるのは俺たちだけだ。どうせ死ぬなら最後は恋人と一緒にいたい」
「恋人じゃない!」

 緋色の瞳が笑っている。しかしそこに昔のような鋭利さは無く、柔らかな眠気が滲んでいた。

「……俺は人間を愛してる。君のことは人間の中でも特別に愛してる。そうでなきゃ、わざわざ君を世間から引き剥がして引きこもらせる意味も、この町で君と俺だけを生き残らせる意味もない」

 臨也はその場に座り込み、私を呼んだ。おいで、と膝を叩く。嫌だったけれど、何故か体は彼に向かって動いていた。

「もう夜だ、一緒に寝よう」
「……あんたのこと、嫌いだから」
「別に良いよ」

 膝に腰を置くと、コートの中に閉じ込められた。うなじに吐息が落ちてくる。


 蒼い世界の中で、私は泣いた。
 歪んでいる。この男の愛は歪んでいる。そしてその愛を許してしまう私も、十分狂ってる。


 ドサッと臨也の身体が倒れ、私の身体も一緒に倒れ込む。すうすうと聞こえてきた寝息は、やがて止まった。


 
世界が終わる夜に




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