蒸し暑い部屋、天井の染み。冷たい壁に後頭部を押し当てて、歯を食い縛る。胸が苦しくて、涙がじわりと滲んだ。千ちゃんは、黙って座っている。あれから一言も喋らない。私の答えを待っているに違いなかった。

「不知火家に嫁ぐことになったの」

「非道いね」

 千ちゃんが息をのむ音が、やけに響いて聞こえた。パキパキと、心が冷えていく。愛しい気持ちは鎮火して、凍り固まった。

「匡が好きだって、何度も、それこそ相談だってしたのに、ひどいね」
「……反抗したけど、無理だったのよ。……ごめんなさい」
「ひどい」

 ゆっくりと口を開いた千ちゃんは、全くの無表情だった。大きな目がどこか一点を見つめている。誰もが黙り込み、部屋はジィジィと蝉の声に包まれた。

 匡が笑うたび、心臓が飛び跳ねて、熱い何かが喉までこみ上げた。全身炎に包まれたみたいに熱くなって、ぐらぐらした。小突かれたところから炎が燃え広がって、熱くて、幸せだった。

「なまえは、薄桜を出たら私の家の……」

 千ちゃんは、今後について一通り話してから部屋を出て行った。
 何も考えられない。

「へえ、みょうじか。将来結婚するかもなぁ、俺と。……おい、その顔なんだよ」

 高校を卒業したら、千ちゃんの家の土地、とある一帯の持ち主となる。その代わり婚約は自由。
 いや……自由なんかじゃない。なんで、私じゃ駄目だったんだろう。なんで千ちゃんなんだろう。私がもっと不知火家に相応しい人間だったなら変わっていたかもしれない。私がもっと素晴らしい女性であったなら。私がもっと努力していたなら。
 もしもを繰り返すたびに日は沈み、昇った。冷え切った部屋で目を閉じる。今更何をしたって未来は変わらない。もう、何もしなくて良い。

 熱いのは苦手だ。冷たいところでしか生きていけない。何も出来ない。何もしないで生きていける。私は屑だ。早く塵になればいい。しにたい。
























 縁側で寝転がっていると、誰かに頭を叩かれた。患部をさすりながら起き上がると、目の前に大きな西瓜。驚いて見上げると、彼は不機嫌そうに食うぞ、と言った。

「買ってきたの?」
「誰がそんな面倒なことするんだ」
「じゃあ、貰った?」
「歩いてたら、知らない婆さんに押し付けられた」

 ふは、と声が漏れる。再び同じ場所を叩かれ、小さく呻いた。何故か年配の女性に好かれる彼は、度々野菜やら何やらを貰って帰ってくる。不機嫌そうな顔で、時に舌打ちをしながら私に渡すけれど、貰う時は持ち前の端整な顔に花のような笑みを乗せているに違いない。

「じゃあ早速切ってくるよ。最近暑いし丁度良かった」
「……暑くて、溶けて死んでしまいそう?」

 西瓜を抱えながら、振り返る。暮れゆく空を背景に、薫は真面目な顔で此方を見ていた。りん、と風鈴が揺れる。ぬるい風が頬を撫でた。

「暑いだけじゃ死なないよ」

 呟くように答えれば、にやりと妖しく笑う。手首はもう疼かない。



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