けふはぼくのたましひは疾み
烏さへ正視ができない
あいつはちやうどいまごろから
つめたい青銅の病室で
透明薔薇の火に燃される
ほんたうに けれども妹よ
けふはぼくもあんまりひどいから
やなぎの花もとらない

恋と病熱/宮沢賢治



「千鶴」

 純白のヴェールを纏った妹が、うっすらと頬を赤くして此方を振り向く。俺の、たった一人の、愛しい妹。今日からお前は俺のものではなくなる。

「薫、どう? 変じゃないかな」
「まさか。とても綺麗だ」

 純粋な、柔らかい笑顔。この数年、俺だけが汚れてきた。手に入らないのならばいっそと何度も思った。

「式、ちゃんと見ていてね。私手紙書いたから」

 曖昧に笑って、それじゃあと部屋を出た。きっともう可愛い妹に会うことはない。
 部屋の前で、壁に背を預けた女は少しまどろんでいるようだった。こいつは何時でも暇さえあれば眠っている。理由を聞くと、俺の手が熱いから休憩しないといけないのだと。確かにこいつの手は氷みたいだけれど、俺だってそれほど高体温じゃない。

「……ああ、薫。終わった?」
「行こう」

 こいつは何も話さないから、俺も話さない。こいつについて俺が知っているのは、風間のセフレだったこと、自傷行為をしていること、卒業後の進路が既に確定していて勉強の必要がなかったことだけだ。あっちだって俺については妹を好きになった馬鹿な男ということしか知らない。それでもあの屋上で出会ったときからずっと、同じ匂いが消えなかった。俺もこいつも、本音を言う時は少し舌っ足らずになった。

「しにたくないんだけど、大丈夫?」
「俺はまだいきたいよ」
「良かった、心中するかと思った」

 どこに行こうか。遠くへ行こう。彼らを殺してしまえないように、遠くへ。誰もいない場所で結婚して、死ぬまで二人で暮らそう。



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