幽霊みたいな女が生徒会室のソファに横たわっていたから、俺は数秒呆然として、その輪郭がぼやけた身体を凝視していた。やがてのっそりと起き上がった女は、乱れた髪をそのままに俺に此処で学校生活を送らせてくれと頼み込んできた。暑いのは無理なのだと必死に言う。夏の間だけで良いから、担任には了承を取ってある、何か入用の時は図書室に行くから、と。当然俺は拒否した。そんなこと認められるわけがない。女は絶望した顔で、そうですか、と呟いた。
 不意に、ふわりと立ち上る不思議な香り。ゆらゆらと部屋を出て行く女の首筋に、俺は噛み付いていた。それが死に近い者の発するものだと気づいたのは、何度か肌を重ねてからであった。

 千鶴というものがありながら、という気は一切無かった。可笑しな話だが、俺は彼女を女として見ていなかった。極端にいえば、"モノ"だったのだ。
 彼女はいつも亡霊のようであり、その薄い肌の下を薔薇色の血流が通っていることに違和感を覚える程だった。生きていることを確かめるために、俺は度々その首を絞め、齧りつき、瞼に唇を押し付けた。蠢く細胞。なまえは確かに生きていた。

 千鶴と婚約するまで。そう条件を突きつけて、生徒会室に入り浸る彼女を許した。

「千鶴さんが、結婚してくれなかったらどうするの」
「するに決まっている」

 決まっているだろう。溢れんばかりの愛情を受けて、陥落しない者などいない。偽りのものであればわからぬが、俺の気持ちは本物だ。嘘の気持ちだと逃げられても、いつかは受け入れざるを得なくなる。そうだろう?

「そうだね」

 彼女は笑う。首筋からは梨の香りがして、傷だらけの手首が薄暗い部屋の中で白く浮いていた。



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