ゆっくりと水の中に身を沈める。傷口がジンジン痛む。青いカルキの世界で、長袖の私は血を流しながら揺れていた。まだ日の昇らない明け方。今日も変わらない毎日をおくる人間が何人もいるんだろう。私は、熱いところでは生きていけない生物だ。

「しにたい」

 音は言葉にならず、泡となって上っていった。苦しい。意識が遠くなって、腕が痛くて、薫はどうしているだろうと思った。彼は結婚式に出られるのかな。
 目を瞑る。消えていく灯火に身を任せた。朝にはプールに死体が一つ浮いていることだろう。せめて、何日間かは、冷たさを私だけのものにしておきたかったのだ。

 誰かが腕を掴んだ。ぐいぐいと身体が引き上げられていく。水の中で、私は涙を流した。彼の手は熱い。

「この、馬鹿、お前は! いきたいって、でも、お前、死にたかったの」

 身体が冷たい。プールサイドのコンクリートは既に熱かった。ほんのりと温まっていく肌が汚く思えた。唇が凍って話せない。薫は見かねたように荒々しく齧り付いた。熱くて溶けていく。しんでしまう。生きたい。生きたいのだ。私は生きたいから、醜いことをした分、自分を罰しなければいけないのだ。そうしないと生きていけない。そうしてはいけないんだとしたら、そうだ、私はしにたい。しにたい。もう、いきていたくない。

「縋らなくたっていきていける」

 顔を離した薫は、血のついたままの鋏をぶん投げた。延命装置は遠くの草むらに消える。

「千鶴は俺のものじゃないけど、俺は死のうと思わない。だからお前だってしなない。風間と結婚したかったなら、俺と結婚すれば良い。俺は風間をころすから、お前は千鶴をころせ」
「……なにそれ」

 思わず笑ってしまう。血が流れて、今にも死にそうなのに、しあわせだった。

「千鶴さん、死んじゃっていいの?」
「俺のものにならないなら、要らないよ」

 馬鹿みたいだ。青春なんていらなかった。
 上手く動かない手で、袖を捲くる。担架に乗せられるまで、薫は罵詈雑言を私にぶつけていた。



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