小さな銀色の鋏を片手に地べたに座り込む。給水塔の傍。曇り空を見上げて目を閉じた。
 遠くでチャイムが聞こえる。袖のボタンを外して、軽く切り付けた。ヂ、と痛むそこにティッシュを押し付け、溜息をつく。

「死にたいの?」

 いつの間にか、男子生徒が隣に立っていた。見下ろす視線は一点に集中している。彼の黒い髪には見覚えがあった。

「南雲薫くん」
「それとも被虐趣味」

 意味がわからなくて首を傾げると、薫くんは自分の首をトントンとつついて、次に私を指差した。鏡を取り出し首を映すと、そこには薄赤く指の痕。あいつ、やめろと言ったのに。
 薫くんは当然のように私の隣に座り、空を見上げた。半袖は彼に似合わなかった。

「風間は千鶴さんが好きだよ」
「知っているよそんなこと」
「面白半分に愛をばら撒く人じゃないから、安心して」
「……何故?」

 黒い瞳と目が合う。まるで海だ。底のない深海。遠くで生徒達の歓声。随分と遠くまできてしまった。

「千鶴さんが大事なんでしょ?」

 水面が波立つ。溢れる激情は言葉にはならず、舌打ちだけが表に出てきた。

 血が止まったのを確認すると、鞄から絆創膏を取り出し貼り付けた。薫くんは目を閉じ壁に背を預けている。寝ているのかもしれない。音を立てずに立ち上がると、不意に声がかかった。

「死にたいの?」

 振り返って、彼を見る。気だるげに開いた目が応えを迫っていた。誤った想いを抱いてしまった兄に、同情を込めて返事をした。

「生きたいよ」



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