『お父さん。わたしね、ずっとひとりだったの。でも、いっしょに外へ行こうって言ってくれる人が来た。……なのに

 その先は書けなかった。ペンを置くとき、何かを持つとき、生気のない自分の手にぞっとする。指先が冷たくて感覚が無い。ためしに落ちているガラスの破片を触ってみたら、陶器のような白に赤い線が走った。ぷくりと浮いた赤い玉を、ちろっと舐める。氷のようだった。

 「メアリーの手は、冷たいね」それはそうだわ、だって私生きていないもの。「手が冷たい人はこころがあったかいんだよ」なまえの手は温かかった。あなたの心は冷たいの?「手、つなごう。一緒に行こう。外に出るんだよ。二人で幸せになるんだよ」ほんとうに? 信じていいの?

「メアリー、あなた、ゲルテナの作品なんでしょう。……ごめんね、気づいちゃってごめん。ねえ、私もいっしょにいるから外に出るのはやめよう。大丈夫だよ、だいじょうぶ、二人なら寂しくないから」

 なまえ、私は外に出たいのよ。太陽を見てみたいの。芝生の上で追いかけっこしたい。動物園にも行ってみたい。それから、友達がたくさんほしいの。誰かが私を置いていっても気づかないくらいに。
 あなたが連れ出してくれないなら、私イヴと一緒に出て行く。外へ行けるのなら、私なんだってする。人殺しだってやってやる。

「置いていかないで、私、ずうっと傍にいるから! 私、わたしは、ここにいるよ! 一緒だよ、寂しくないから、だから」

 ぬるい海の中で、キィンキィンと声が響く。ゆっくりと再生する体は化け物みたいで(事実化け物だけど)恐ろしい。ゆるゆると形作られた私の手に誰かが触れた。あたたかくて残酷な、生き物の手だった。

 なんだ。私たち結局似たもの同士だったのね。


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