数年前、とある芸術家の展覧会を訪れた私は、思わぬハプニングに見舞われ奇妙な世界に閉じ込められた。そこでは、絵画は動き気持ち悪い人形がごろごろ転がっていた。私は年甲斐もなく泣き叫び、一歩も動けなかった。唯一まともだった白薔薇を手にして、嗚咽を漏らす。そんな私を助けたのは、その世界の住人である彼女だった。
 手を繋いで出口を目指した。まだ幼い彼女に頼りきりの私は、積み重なる矛盾を見てみぬふりした。しかしそんなうわべだけのものは長く続く筈がない。彼女が作品であると知ってしまってからは地獄で、今までのように絵画が黙りを決め込むことはなくなり、私を殺そうと襲いかかってくる。逃げるうちに、はからずも彼女の部屋に入ってしまった私は、彼女の激昂を止められなかった。突き出されたパレットナイフを両の手で受け止めて、震える喉を必死に動かす。「メアリー、ありがとう、あなたがいなかったら私気がふれていたと思う」一瞬緩んだ力を利用し彼女の武器を取り上げる。「……どうせ、逃げるんだわ。私を軽蔑して、置いていくのよ。みんなそうだった、あなたも同じね」吐き捨てるように言う彼女を見てから、ポケットから薔薇を出す。「ねえメアリー」「……何を、して」「あなたは外に出たらいけない気がするよ。幸せはないと思う。だから」「や、やめて、もう苛めないから! 外に出、」「ずっと一緒にいてあげるね」

 私はすべての花弁を千切った。ブラックアウト、何もわからなくなる。痛くて苦しい。メアリー、ありがとう。外に出てあげられなくてごめんね。ああ。


わたしの幸福論


 駄目だよメアリー、人を苦しめたらいけない。私がいるよ。ずっと一緒って言ったじゃない。やっぱり外に出たいの? 此処で過ごすのは嫌なのかな。なら、私はなんの為に。


「『涙の海』ね。珍しく綺麗な絵だわ。こういうのだけなら良いのに……ねえイヴ?」
「うん、そうだね」

 額縁の向こうの二人が、どうか無事に帰れますように。涙を滲ませ、翡翠を落とした。






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