「リア充爆発しろコラア! うっ……うううっ」
「馬鹿なこと言ってないで残りの分早く片付けなよ」
「非リアのくせに生意気! 阿呆! ばーか!」
「俺は千鶴がいればそれでいいんだよ。お前とは違ってね」
「うざー。シスコンとかないわ……イテッ!」
「じゃ、俺は戻るから」

 叩かれた頭をさすりながら、腕のカゴを持ち直した。中には○×キャンペーン実施中! という文字の書かれたティッシュがぎっしり詰まっている。
 赤と白のパーカーを着て街頭でティッシュ配りをするというこのバイト、クリスマスイヴとクリスマスにシフトを入れると時給が倍になると南雲から聞いたので喜び勇んで面接を受けたものの、想像以上に過酷な労働だった。

 (日本ってこんなにカップルがいるんですね。)

 正直クリスマス効果なめてました。独り身がこんなバイトしたら鬱になる。
 寒いし寂しいしで涙が出そうだったところに南雲が様子見でやってきたわけだけど、いつもならなるべく避けたい存在である彼が神の使いに見えた。

「お願いしまーす」

 受け取ってくれる確立はとても低い。南雲並みのルックスだったらスマイルひとつでお姉さま方が押し寄せてくるのになあ。
 ふうっとため息をついたところで、カゴの中のティッシュがひとつになっていることに気づいた。

「南雲ー! これ終わったら上がれるの!?」

 ビルの方にいる南雲を呼んだけれど返事は無かった。返事どころか姿さえも見えない。ざっと見渡すと、信号のあたりに女性の人だかりが出来ていた。……あれか。
 まあいいや、これ終わったら帰ろう。ずり落ちるカゴを抱え、中からひとつ取ったそのとき、肩にぽんっと手が置かれた。

「?」
「おねーさん、ティッシュちょうだい」

 見知らぬ青年が笑顔で手を差し出している。反射的にその手のひらにティッシュを置くと、「どうも!」とまた太陽のような笑みを浮かべた。

「あれ、空だね。仕事終わり?」
「は、はあ。まだあるかもしれないです」
「へー。俺も手伝おうか?」

 快活そうな青年にあっさりペースを奪われ、「はあ」だとか「ええ」とか繰り返すうちに、新しくやってきたテッシュの籠は青年の腕の中に収まっていた。

「……いやいやいや、悪いですから! それにクリスマスですし……」
「いいのいいの! 実は先週彼女に振られちゃってさー、なんかしてないと寂しくて死にそうだったわけ。だから俺に手伝わせてよ」

 同士! 同士だ! 彼氏はいないがクリスマスひとりぼっちなのは同じ!
 声をかけてくれたところから徐々に上がっていた高感度は最高値を叩き出し、名前も知らぬこの青年に惚れる一歩手前まで歩んでいたところで青年は甘い言葉を紡ぎだした。

「あのさ、良かったらこの後一緒にご飯食べない?」
「えっ……」

 八の字の眉がとんでもなく可愛らしい凶器に見える。勢い良く頷き肯定を返そうとした瞬間、肩に手が乗り(あれ、デジャブ)、しかしそれだけでは済まず、ガッ! と引き寄せられた。『ぐいっ』ではない。『ガッ!』である。
 乱暴な相手に非難を叫ぼうとする前に、冷え切った低い声が頭上で響いた。

「俺の彼女になにしてんの?」

 単体で聞けば砂糖を吐き散らかしそうな台詞も、どす黒い声音と光の無い瞳に混ざると恐ろしい調和を作り出す。
 私でさえ固まったのだからそれを向けられた彼はどれだけ恐怖しただろう。隣の横顔は鴉の濡れ羽のような黒髪に隠され、辛うじて氷のような眼しか見れなかった。

「何って、別に飯誘っただけだし……つーか、クリスマスに彼女に仕事させるってどんな神経してんの?」
「お前みたいな下種にどうこう言われたくない」

 行くよ、と肩を滑った手は腕を掴み、先程より強い力で引っ張られる。よろめきながら振り返り、青年に小さく頭を下げた。ら、パシリと頭を叩かれた。

「屑に頭下げる必要はないよ」
「く、くず……。ていうか態度酷くない!? 謝らないと駄目じゃん!」
「……お前は本当に馬鹿だね」

 はあ? と些か挑発も混ぜつつ返せば、南雲は深いため息をついた。

「あのままついていったら、どっかで大勢に襲われるか詐欺に引っかかるかしてただろうね。頻繁に携帯弄ってただろう? 只のナンパじゃないんだよ、ああいうの」

 ひゅっと喉が鳴る。最近はこんなに手の込んだナンパがあるのか。というかあれがナンパだったのも今知った。

「……あれ、バイトは?」
「昼まだだよね。食べようか」
「え、バイト……? お金? え?」
「無事で済んだんだから有り難いと思いなよ」

 腕を掴んでいた手はいつのまにか下降して、手のひらは柔らかい温もりに包まれていた。

「……お昼食べ終わったら襲われるのか、私」
「奢ってもらうよ」
「ごめんなさい」


大人になあれ

(20111219)


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