寸劇 | ナノ


 威圧感。細胞のひとつひとつが縮み上がり、小さく震えた。嫌な感じに揺れる胃を必死に押し留め、奥歯を噛み締める。ここで倒れたらエースも死ぬ、そう思わなければ立っていられなかった。息を漏らせばそのまま嘔吐しそうで、細い空気を鼻腔から出す。相手に合わせ微笑む余裕なぞ残っていなかった。

「そう気負うな、とって食う気はねェ」

 グラララ、と腹を揺すれば地も僅かに波打つ。どういった人物かはわかっていたつもりだ。だが実際に対面すれば憶測と違う部分もある。こんなに存在感のある人が、何百人、ひょっとしたら何千人もの海賊を束ねる長。
 飛びそうになった意識を手の甲を抓って呼び戻した。ここが正念場だ。

「悠と申します」
「ユウ、か。聞かねェ名だな……。賞金稼ぎだァ海軍だってことは無さそうだ」

 見定めるように向けられた目線にたじろぎつつ、必死に搾り出した相槌は吹けば飛ぶような声だった。
 ややあって、白ひげが私に問いかける。

「どうだ、俺の船に乗らねェか? そうさな……記憶が戻るまで」

 やった! これで頷けば一歩進める!

「ぜ、是非。よろしくお願い致します」

 深くお辞儀をし、肩を震わせる。喜びを表に出さないよう口をひん曲げて、目の前の大海賊に向き直った。
 あの特徴的な笑い声が響く。

「俺のことは親父って呼んでくれ。一時であれ家族になるんだ」

 もう一度お辞儀をして、後方に居たエースとマルコの元へ戻る。良かったな、と声をかけられ、曖昧に笑った始まりの日。



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