寸劇 | ナノ


 巨大な木々の根が歩みを妨げる。躓きそうになる度にエースが支えてくれるけれど、その手が発火しそうに熱いのは勘弁してほしい。文句を言おうにも、楽しそうな笑顔を見ると喉が詰まってしまった。

「あー、悠、腹減らねェか?」
「え、さっき朝ごはん食べたばかりじゃ……」
「あ、ああ、そうだったな。悪ぃ」
「いえ……」

 まずい。非常にまずい。エースの緊張っぷりが此方まで伝わってくる。自惚れるわけではないが、これは。……いや、まだわからない。はっきりと聞いたわけではないのだ、うん。落ち着こう。私は、救うために来たのだ。失敗は許されない。

「着いたぜ」

 嬉々とした声に顔を上げる。生い茂る草を掻き分け、一歩踏み出したその先には、色鮮やかな花々が爛漫と咲き乱れる美しい世界があった。

「……、」

 美しい。本当に、綺麗。終わりの見えない花畑に、彼は遠慮なく足を踏み入れる。散った花弁が空を舞った。快晴、まぶしいくらいの大空の下で、エースはくしゃくしゃに笑った。

「どうだ? 良いところだろ」
「……はい、本当に。とても綺麗です」
「お前に見せたかった」

 夢の中にいるような気分が、その一言ですっと冷めた。自惚れ、でも、それ以外に彼は何を言おうとしている?

「正直、お前のこと全然わからねェ。好きなものも知らないから、此処を気に入ってくれるか心配だった」
「そう、ですか」

 逃げられない。何気なく、花を見ている風を装いこの場から離れる方法を考える。こんな、ロマンチックというかムードがあるというか、とにかくこんな空気にしてはいけない。私は恋愛をしに来たんじゃない。私は、私の神様を助けなければいけない。これは、望んでいない。要らない。
 唇をかみ締め、顔を上げる。世界の終わりは崖になっていた。空よりも深い青が視界いっぱいに広がっている。此処から近い場所に海賊船を見つけ、ひとつの閃きが脳を揺らした。

「俺……俺は」
「……はい」
「お前……悠が」

 海を背にして目の前の男を見つめる。一歩足を引いて息を吐いた。幸い彼は私の立ち居地に気づいていない。……いっぱいいっぱいなんだろう。
 開きかけた唇が音をつむぐ前に、私に味方をしたらしい突風が私の身体を吹き倒した。沢山の可憐な花と共に、私は落ちる。私を呼ぶ声は、波に飲まれて聞こえなかった。

 彼が私を追ったかどうかはわからない。清潔なベッドの上で目覚めた時、隣にはびしょ濡れのサッチがいた。




back