寸劇 | ナノ


 相当慌てていたエースは医務室の扉を吹き飛ばし、私が治療を受けている最中はずっとナースさん達に怒られていた。私の怪我が彼の所為だと知ったナースさんはとうとうその美しい顔貌を盛大に歪めて、空気を引き裂かんばかりの大声でエースに退室を命じた。
 塗り薬を塗り、最後に包帯をきゅっと巻きつけ、処置は終わった。

「本当に、まったく……どうしようもないわ……」
「あの、私」
「何も言わないでちょうだい。今回はあの子が悪いのよ。何か事情はあるでしょうけど、女の子に怪我させるなんて……」

 美人の憂い顔は破壊力抜群だ。ほう、とため息をついて、私は立ち上がった。目的の為に色々磨かないといけない。容姿もどうにかしないと。

「それでは、失礼します。ありがとうございました。……ドア、すみません」
「いいのよ、やったのはエースなんだから。お大事にね」

 会釈をして部屋を出る。臨時のものとしてかかった暖簾をくぐれば、目の前に一人の青年が正座をして座っていた。

「エース?」

 返事は返ってこない。目線を合わせるためにしゃがむと、エースは顔を背けた。ならばと双眸の向くほうへ移動すれば、またぷいっと横を向く。数回それを繰り返し、とうとう諦めたらしいエースは口を開いた。

「悪かった」
「気にしてないですよ」
「本当にすまねェ」
「治るものですし」
「でも……ごめんな。痛かっただろ」

 まあ、少しは。
 笑って答えると、エースは目を伏せ、再び謝罪をする。どうしたものか。狼狽したが、それでも、と言葉が続いたので耳を傾けた。

「悠も……あー! だから、なんでそんな淡白っつか……その、悠だって悪い!」
「え? ええ、わかっています。サッチさんの行為を見逃したために船の空気を乱してしまいました。申し訳ありません」

 エースと同じ様に正座をして、頭を下げた。許してもらえる自信はある。さっきナースさん達にこっぴどく叱られたから、きっと私を責める余裕は無い筈だ。
 私の言葉と行動に、エースは眉間に皺を寄せた。何か言おうとしているのか、唇が震える。言いたいことに適する語は出てこないようで、彼の肺は大きな息を吐き出す事でどうにかやり過ごしていた。

「だから、そうじゃねェんだ……」
「はい」
「お前は……」

 頭に手を置かれ、そのままくしゃりと撫でられる。あ、だの、え、とかいう切れ切れの言葉はエースに丸ごと包まれ消えてしまった。鼓動が近い。体温が熱い。エースの腕が背中にある。

「好きでもない男にああいうことされて、お前は、お前自身はどう思うんだよ。周りとかそういうのはどうだっていいだろ。悠が嫌だと思ったら、素直に言え。難しい理屈考えんな」
「え、っと」
「……今も、嫌だったら俺を突き飛ばせ」

 私は沈黙し、そのままでいた。気持ちを素直に言ってしまえば私の計画は水の泡だ。エースはこのままだと死んでしまうので今すぐティーチをどうにかしましょう、なんて。
 拘束が解かれ、顔を上げると、エースの顔がすぐ近くにあった。小さなかすり傷はあるが、やはり整っている。ああ、世界は不平等だ。

「悠?」
「はい」
「俺の言ったこと、聞いてたか?」
「勿論」

 みるみる朱に染まる頬を眺めていると、遠くでエースを呼ぶ声がした。行かなくていいんですか、と問えば、少々どもりながら、行ってくると返された。今日のエースは少しおかしい気がする。……まあ、実在するエースに会ってからまだ少ししか経ってないから、時々こういう日があるのを知らないだけかもしれない。
 後ろからくすくす笑いが聞こえ、振り返る。数人のナースさんが暖簾から顔を出し、良いわねぇと言い合っていた。



back