掃除は人手が足りているとのことで、キッチンを手伝うことになった。ラッキーとしか言い様がない。どうやって接触を計ろうか考えながら食器を洗っていると、背後から凄まじい威圧感を感じた。振り向こうか迷って、お皿を割ってしまう可能性を考えた末そのまま仕事を続けることにした。 カチャカチャと陶器が触れ合う音だけが響く部屋で、私はなるべく平静を装って皿を洗い続ける。ゆっくりと後ろから回された手の位置に違和感を覚えるも、手は止めない。脂肪を触ってなにが楽しいのだろう。 「サッチさん」 「おう、よくわかったな」 「楽しいですか?」 「すげえ楽しい」 シャッ、と泡を流して、仕事終了。肺の上をまさぐる両手はそのままに、ポケットからハンカチを出して手を拭った。 「サッチさん」 「ん?」 「一度、手を離していただいても?」 「……やけに冷静だな」 「手を離していただいても?」 「んな怒るなって。おっぱい触ってるだけじゃん」 やっと開放され、背後のサッチさんに向き直った。 「サッチさん、私はこの程度のことで平手をしたり怒ったりということはしません。が、もし私が驚いて皿などを割ってしまった場合、貴方の損害になります。誤って貴方が怪我をしてしまうこともあるかもしれない。それに一般的に見て男性が女性にこういった行為をするのは不道徳というものであり、推奨されるものではありません。ですがこれがサッチさんのアイデンティティ、自己同一性なら否定することは出来ません。仮にこれがサッチさんのキャラクターというものなら、せめて仕事中は自重なさってくれませんか」 「……つまり、仕事中以外なら触っていいのか? つか予想外の長台詞に若干頭痛が……」 「ええ、いいでしょう」 「で、甲板で堂々とセクハラか」 「羨ましいか?」 「……」 「いってぇ! 何すんだよエース! 本人から許可出てんだぜ?」 「悠、行くぞ」 「は、はい」 私の手首を掴み歩き出したエースは明らかに怒っていて、やはりサッチの行動は拒否しておけば良かったと後悔した。握られた部分が熱くて痛い。エースの身体は火で出来てるんだっけ。――じりじりと、肌を焼かれているような。 「っく」 「悠……? うわっ、悪い!」 手首は赤くなっていた。僅かに爛れている。エースはおろおろした後、火傷していない方の手首を掴み、走り出した。 「エース? どこへ」 「医務室だ!」 痛みを堪え、必死に足を動かす。前を行くエースがそのまま何処かへ行ってしまいそうで、震える瞼を指で押さえた。 前/back/次 |