夏休みの学校でのことだ。蝉があまりにも五月蝿いので、水でもかけてやろうかと思いバケツを持って外に出た。そのときの私は般若のような顔つきで、見るからに機嫌が悪かったと思う。好きな人には絶対に見せられない顔である。 だがしかし。 「……みょうじ?」 部活が終わったのだろうか。竹刀を背負い首に汗を滲ませた斎藤くんが、まるで奇妙なものを見るように私を見ていた。バケツを抱えた鬼の如き女と額に張り付いた髪がなんとも艶めかしい美青年。見つめ合う二人は必死に言葉を探し、結局出てきたのは昼の挨拶だった。 「こ、こんにちは〜」 「あ、ああ」 「部活、終わったんです……か?」 「、うむ。今しがた解散したところだ。……そういうあんたは?」 「自主勉強です。もうすぐテストだし」 なんとか会話が続き安心した。だが問題はここからだ。鬼の形相とバケツについて聞かれたらどう返せば良いのかわからない。部活中の斎藤くんを見るための自主勉強が仇となってしまった。と、いうか。斎藤くんと話したのはこれが初めてな気がする。……き、緊張してきた。やばい。くっそーなんでよりによって今なんだ! なんでバケツ持ってるんだよ私! 幸い水を入れていなかったため、ささっとバケツを背に隠し安い笑みを出す。対する斎藤くんは少々ぎこちないながらも自然な微笑を繰り出した。「みょうじは努力家だな」という褒め言葉を添えて。 「いや、全然そんなことないって! 斎藤くんの方が努力してる。朝練とか一人でもやってるんでしょ? 凄いよ!」 「そんなことはない。みょうじのほうが頑張っているだろう。俺の部の活動終了時刻まで勉強している。……とてもじゃないが、俺には出来ないことだ」 ごめん、斎藤くん。それ君を見るために残ってるだけなんだわ。苦笑いを浮かべつつ「あははーそうかなー」と返した。頬に熱が集まって、頭はくらくらする。初めての会話でベタ褒めされるなんて……しかも斎藤くんに。幸せすぎる。 あまりの幸福に、なまえは初対面の彼が自分の名、そして行動を知っている意味に気づかなかった。 へらへらと笑い続けるなまえに、斎藤はおずおずと問いかけた。その頬も、なまえには劣るが朱に染まっている。当然、なまえは気づかない。 「その……今度、俺も共に勉強しても良いだろうか? いや、無理にとは言わない。あんたが嫌なら……」 「へっ、べべべ勉強! 一緒に!? そんな嫌なわけないよ全然! 是非一緒にやりましょうっ」 「そ、そうか。ありがとう。……良かった」 最後の呟きは、五月蝿い蝉の声で掻き消された。斎藤の言葉を聞き逃したなまえの顔は分かりやすく歪む。バケツの出番はもう少し早まりそうだ。 Title by mutti *** >>りかこ様 リクエストありがとうございます! 現パロというか学パロになってしまいました。すみません。 ベタな展開ですが、少しギャグ要素も入れて変化があるように頑張りました;; 照れる斎藤さんってすごく可愛いと思います。 学園以外のパロディがよろしければ、ご連絡下さい。 |