※残響 鳳目線


 なんてことない普通の日。同級生の女の子に恋をした。

 おはよう、という一言。たったそれだけ。それ以外もそれ以上もない。月並みな挨拶が、どうしてか特別に聞こえた。世界には彼女と自分だけな気がして、上手く息が出来なかったように思える。一呼吸置いて言葉を返すと、彼女は少しだけ目を細めて歩き去った。喉が詰まる。温くて重い何かが込み上げてくる。

 彼女が好きだ。



「マネージャーに、なってくれませんか」

 一週間後の放課後、空き教室に彼女を呼び出した。告白する気は一切無かった。

「マネージャーって……え、テニス部の?」

 当然彼女は戸惑った。そして即座に断った。当たり前だ、あのテニス部のマネージャーなんてものは苦労の塊だと誰もが知っている。断られることを想定済みだった僕は、頭を下げて頼み込んだ。

「貴女しかいないんです、お願いします」

 数秒間の沈黙の後、彼女は僕が一番恐れていた質問をした。

「どうして私なの?」

 体を上げて、彼女の顔を瞳に映す。眩しいくらい光っている。彼女の全てが特別な色を持っている。呼吸困難に陥った僕は、普段じゃ考えられないようなことをした。

「……僕は、」





 ラケットの面で向かってくるボールを打つ。集中しろよと怒られてしまったけど、視界に彼女の姿がちらつく度に、テニスボールは滅茶苦茶な方向へ飛んでいく。
 傷、また増えてる。少し痩せたみたい。目が赤い気がする。泣いていたのだろうか。

「みょうじさん」

 気まずさを感じる間もなく、僕の足は彼女へ動いていた。

「神崎さんの悪口を言ってるって本当ですか?」

 彼女を守る言葉が出なかったのは、少しの疑念があったからだ。彼女は僕を拒絶し、走り去った。

 全身に冷水を浴びた気がした。目が覚めたという表現が一番合っている。
 拒まれて当たり前だ。彼女が、あの彼女が虐めなんてするはずないじゃないか。僕の気持ちを受け入れられなくて、代わりに過酷なマネージャー業を引き受けるような人だ。躊躇いなく振って、マネージャーも断って、僕との繋がりを絶つのが一番楽だろうに。
 こんなだから、僕は。

「好き」

 その言葉を、僕宛に聞くことは無かったんだろうな。



思い出もいつか滲む


Title by 放電



***
>>あり様
リクエスト内容が本編に詰め込めなかった話だったので、自分が書きやすいように色々改変してしまいました;
一応、これが鳳くんの心情です。矛盾点等は気にしないで下さい……。
リクエスト、ありがとうございました!