椅子を無理矢理引っ張り不快音を掻き鳴らす女生徒は、つり上がった目元を少し緩めて微笑んだ。彼女にならって椅子に腰掛けると、古びた木製のそれは掠れた悲鳴をあげる。心の棘をどうにか拡散させようとして的を探すが、視界には満足気な女しか映らなかった。

「今日、目が合った」
「そう」
「薫くんのアドバイス通りだったよ」
「へえ、それは良かった」

 此方は全く気のない相槌を売っているというのに、彼女は上機嫌。鼻歌まで歌っている。心がギスギスと錆を散らす。舌を噛んで、自分なりに最高の笑顔をつくった。それに気づいた彼女は、応えるように目を細めた。柔らかい光のようだ。少し顔を伏せて嘆息すると、白い指が己の髪を掬った。

「薫くんみたいに綺麗だったら、こんなに悩まなくていいのになあ」
「はあ?」
「私がもっと可愛ければ、いつ告白したってOK貰えると思うの」

 そうでしょ? と眉を下げる彼女には悪気などまったくないのはわかっている。前髪に触れる指を遠慮がちに払って、小さく舌打ちした。彼女は細い息を吐く。狡い女だと思った。

「……放課後、渡り廊下」
「?」
「呼んだから行ってきなよ。……なまえ、先輩」

 俺がこの人と同級生だったら、何か変わったのだろうか。
 たった一年だ。たったの365日だ。それだけで、彼女の視界には入れない。

「なまえ先輩は、見た目は一応大丈夫だから安心しなよ」
「……薫くんっていじわるだよね」

 今更何をと思ったが、返答はせず、無言で立ち上がった。そろそろ約束の時間だ。もう二度と、彼女が俺に相談を持ちかけることはないだろう。拗ねた顔も、見納めだ。

「先輩」
「ん」
「………、……不細工」
「はああ?!」
「ああ、時間やばいんじゃないかなあ」

 軽く背を押し、手を振った。彼女の背は、自分より少し低い。何度も振り返りながら歩く彼女。その想い人への強い念を声にした。


「振ったら殺す」



好きなんだけど


Title by くすぐったいよ


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>>高橋様
リクエストありがとうございました!
お相手が後輩というのは初めて書いたので、とても新鮮でした。頼れる後輩かっこいい!

いじわるで物騒なことをいう薫くんですが、どうぞ許して下さい……。
更新頑張ります、ありがとうございました!