返事が、返ってこない。仕事が忙しいのかもしれないし、子供の私にはわからない色々があるのかもしれない。子供。そう、私は子供だ。唇を噛み締め眦の塩水を拭った。

「……、けーたい」

 オルゴール。たった今考えていた人物からの電話だ。出ようか迷って、画面を見つめる。一拍置いて、なまえは携帯をソファに放った。私が何回かけたと思っているんだ。空いているといわれた時間に電話をしてもちっとも出やしない。メールをしても返事は無し。浮気という二文字を頭から追い払って、この一週間耐えてきた。
 涙は、まだ、流してない。泣くのは、私だけが彼を好きみたいで嫌だった。優しく笑って頭を撫でる彼。運動神経抜群で、仕事が出来て、とっても優しい。ただし最後のは私だけでなく他の人―――他の女の子にも、当てはまる。
 熱くなる瞼をぐいっと擦り、天井を見つめた。左之が私を無視するなら、私だって返事しない。するもんか。枕に顔を押し付け、ついでに毛布を頭まで被って、外からの情報を遮断した。左之のことなんて、どうでもいい。


 古めかしい時計の音で目が覚めた。あのまま寝てしまったらしい。床には明後日提出のレポートが散乱していた。あとでやらなきゃ……じゃなくて、今何時だろう。時刻を確認しようと携帯を開いて、ディスプレイに表示されたものに目を疑った。

『未開封メール12件 不在着信23件』

 誰が、なんて確認するまでもない。固めた決意が揺らいできた。頭を振って、緩み始めた意地を叱咤する。

 突然、チャイムが鳴った。嫌な予感が体中を駆け巡る。

「なまえ、俺だ。入るぞ」

 左之の声だ。合鍵なんて作らなければ良かった、なんて後悔しても遅い。拒絶の言葉は喉の奥でもたついている。本当は、今すぐ彼に飛びつきたい。でも、他の女の子も彼にそうしていたら……? 絶対、抱きついたりしない。冷たくする。左之も、私と同じくらい寂しくなればいい。……私、最低だ。
 扉の開く音がする。緊張で手のひらに汗が滲んだ。

「なまえ?! 熱でもあるのか?」
「別、に」
「、そうか」

 依然として布団に潜ったままなので、彼がどこにいるか、どんな顔をしているかもわからない。ただ、彼の自然と漏れたような安堵の声が、罪悪感を膨らませた。
 ―――そうだ、彼が浮気なんてするはずないじゃないか。彼は社会人で、仕事が出来て、だから忙しいに決まってる。遊んでばかりの学生とは違うのだ。ああ、なんて馬鹿なんだろう。

「……返事、できなくてごめんな。許しちゃくれねぇか」
「っ、」
「なまえ」

 縋るようなその声に押され、少しだけ毛布をずらした。瞬間、視界が黒で埋まる。柔らかい体温と、ちょっぴり汗の匂い。

「……愛想尽かしたよな。……嫌いに、なったか?」
「左之」

 言いたいことは沢山あるのに、声にならない。ごめんねもお疲れ様もいえなくて、意地っ張りで天邪鬼な私は、やっと涙をこぼした。

「大好きだよ」



みごとにかじりとられたぼくのこころ


Title by 宙深



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>>紅碧様
リクエストありがとうございました!
天邪鬼な主人公ということで、素直じゃない女の子を書いてみたつもりでしたが……性格が悪くなっただけでした。すみません。
最近不定期更新なのが申し訳ない……!もっと楽しんでいただけるよう、精進しますね。
素敵なリクエスト、ありがとうございました。