透明で、触れた瞬間割れそうなほど薄い、硝子のようなもの。それを少しだけ引っ張ると、彼女は頓狂な声をあげ此方を見た。瞬間、自分の中の何かが唸り声をあげる。彼女は邪悪な存在であると叫ぶ。まさか、そんな筈はないだろう。彼女は天に仕える者だ。

「あの、あのう。イーノック様? お手を……」
「え? ……あっ、すまない!」

 彼女の"羽"を慌てて離し、頭を下げた。すると彼女は更に慌て、自分のような者に頭を下げないでくれと半ば悲鳴に近い声で言った。彼女には自分を卑下する癖がある。

「……君は私より地位が低いわけじゃないのに、どうしてそんな態度をとるんだ? それに、私のことは呼び捨てで良いと」
「よ、呼び捨てなんて、そんな、おこがましいです。イーノック様は素晴らしい方なのです、敬うのは当たり前です」

 イーノックは、熱に浮かされたような瞳を当惑しながら見つめ、眉を下げた。自分はそこまで大層な人物ではないし、むしろ彼女の方が立派な功績を残している。自分が彼女を敬いたいぐらいだが、かの大天使には親しくなれと命令されたので対等な関係を築かなければならない。さて、どうしたものか。
 刹那、彼女の顔がぐっと引き締まった。霧消していた羽が姿を現し、彼女のローブは肩を出す形状に変化する。震える唇が小さく何かを呟いた。聞き取れない。

「すみません、仕事が出来たので行ってまいります」
「あ、ああ。気をつけて」

 彼女のことを知りたい。いや、知らなければならない。親しくなる前に彼女が何者なのか、はっきりさせておきたかった。




「もうすぐ天界に魔女が現れる。君なら既に感じていたかもしれないね」
「理由を、教えて」
「? 魔女はどこにでも現れるじゃないか。場所なんて関係ないさ。まあ、天界はかなり珍しいけどね」

 少女は湖の畔でしゃがんでいた。水面には、白い生き物。

「大丈夫だよ、君の力なら倒せないこともない。君の友達と違って、彼らは君を恐れたりしないだろう? 全てを出していいんだよ」
「……」

 少女は唇を噛み締める。薄桃のそれに朱が滲んだところで、生き物が遠慮がちに声をかけた。しかし少女は返答せず、無言で立ち上がり空を仰いだ。

「神は、私を拒絶しなかった。だから、」

 魔獣は尾を柔らかく振って、少女の顔を凝視する。感情の無い彼らにとって、情の移り変わりというのは途轍もなく珍しい現象。この子は特に、それが激しい。

(きっと、強大な魔女になってくれる)
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