じくじくと肌を蝕む霧より、悪臭を放つ小さな生物より、その姿を目に入れるのが嫌だった。
 焼け爛れたような醜い肌、絡まった髪、踵からうなじにかけて無数に生えるガラス。顔は見えなくともそれが何であるのか……誰であるのか、イーノックには分かってしまった。
 天使達は既に避難してしまったのか、そこには自分以外だれもいなかった。つい先程まで自分の隣に居たルシフェルも、任せたとばかりにウィンクをして姿を消してしまった。

 どうしたら良いのですか、神よ。

 涙が溢れる。彼女は罪人だ。悪魔のようなこの姿がそれを決定してしまった。本来ならば今すぐにでも己が武器を取って彼女を救うべきなのだろう。でも、彼女を斬ったその瞬間、元は人間である脆い身体はどうなってしまうかわからない。彼女が彼女として……悠として在れるかは、わからない。
 拳を固く握りこんだ。ふう、と息を吐いて前を見据えると、いつの間に現れたのか、不思議な生物が目の前に座っていた。

「やあ、僕はキュウべぇって言うんだ。君はイーノックだね?」
「……!」
「警戒しないでよ。ただちょっと話したいだけだから」

 白く、兎のような長い耳の、キュウべぇとかいう生き物は、なんでもない風に喋っている。驚いている暇は無い、悠に関することをこの生き物が知っているのかもしれない。なんとしても聞き出さなければ。

「悠のことについて、何か知っていないか」
「……そのことについて話に来たんだけど……残念ながら、君が望むようなことは教えられない。彼女を救う方法だろう? 破壊をやめさせるには、魔法少女に倒させるしかないんだよ」

 一気に流れ込んでくる彼女についての情報。ぐるぐると急速に回りだす脳を必死に抑え、わからないことを聞いた。時々飛んでくるガラスをベイルで弾く。彼女は今も苦しんでいる。

「マホウショウジョ……とは何だ? 悠は何故ああなってしまった?」
「魔法少女はひとつの願いの代償に魔女と戦う女の子。魔力を消費し切ってしまえば魔女になってしまう。そして悠は魔法少女に倒される運命の魔女だ」

 でも、此処には魔法少女がいない。そう言って、生き物は肩に飛び乗る。いきなりのことにたじろぎ、少しよろめいたが、生き物は降りる気配を見せなかった。

「そして来ることもできない。このままだと天界は消滅してしまうかもしれない」
「神がいらっしゃる限りこの世界が終わることはない」
「じゃあ何故魔女の卵である悠を処罰せず見逃していたんだい? 悠が全く未知のものだったから、どうにもできなかったんじゃないのかい?」

 説得するような言い方に、言葉が詰まる。神の手出しできない相手ならば、どうしたら良いんだ。

「イーノック、君は悪を浄化できるよね?」

 どうせ消滅する運命ならば、重い罪を背負わせる前に。悲しいくらいに正確な判断を下した脳が嫌になった。
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