みんな殺気立っている。私は、床に座り込んでしまった神崎さんを見下ろす。
「なん、で、わっ、わたし、だって……こんなはず じゃ」
こんなはずじゃなかった。それは私もそうだ。神崎さんがこんなことしなければ、私はこんなに苦しむことは無かった。ついさっき作った傷が、じくりと痛む。
「どうしたの、なにか、」
「……ジロー」
息を切らして、金髪の青年が駆け込んできた。ああ、彼は彼女の醜い姿を見ていないのか。なら、知らないままでいい。これ以上神崎さんに関わる人間を増やしたくない。そんな思いを込めて、名前を呼んだ。深い拒絶の色を含ませて。
「どーしてそんな怖い、……神崎が何かしたの?」
「違う」
「違わねぇだろ。俺ら全員この女に騙されてたんだよ。悠だってひどい目にあった。……俺がやったのが、大半だけどな」
苦い顔で呟く部長。誰かが息を呑んだ。
神崎さんは、ただ大きく目を見開いて一点を見つめていた。視線を辿ると、やっぱり芥川くん。
暫く見つめ合った後、芥川くんが首を横に振った。一拍置いて、美少女はパチパチと瞬きをする。瞳がぶわりと歪んで、大粒の涙が転がり落ちていった。
「この、男好き!」
誰かが叫ぶ。それを皮切りに、罵倒の嵐が神崎さんを飲み込んだ。騙しやがって、性悪女、消えろ、退学しろ、死ね、……。
美しい彼女は、涙を流して震えていた。真珠のような一粒が、丸い頬を滑っていく。どんな汚い表情も、この子がすると光り輝いて見える。いや、何もしていなくても、彼女の存在が発光している。嫌いと言い、睨んでも、部活以外で陥れようとはしなかった。授業中こっそり横顔を見れば、長い睫毛が瞬きで揺れていた。
……ああ、なんだ。そういうことか。
「悠、お前が最初に殴っちまえよ。きっとお前が一番恨んでるだろうからな」
返事はせず、ゆっくりとしゃがんだ。神崎さんと目を合わせる。どんぐりみたいに、丸くて大きい、愛らしい目。
「好き」
誰もが唖然としていた。神崎さんも、目をパチパチさせている。
「私、神崎さんが好き。どんなにひどいことされても、好きだった。みんなが嫌いでも、私は好き。一目惚れだったんだ」
足音がして、振り返った。見上げると、複雑な表情をした芥川くん。結構珍しい顔だ。
「ね、前俺に話してくれた逆ハーなんとかって……女の子にも効いちゃうの?」
神崎さんは答えない。たぶん知らないんだろう。……そんなことより、
「神崎さん」
びくりと肩を揺らして、おそるおそるという風に此方を見る彼女。なんでそんなに怖がるんだろう。
「一番最初に告白した人と、付き合ってくれるんだよね」
大きな瞳から、また一粒、零れた。