ゴーストタウンのようになってしまった、小さな町。その片隅にある小さな喫茶店に悠はいた。
 いつもの古びたワンピースを着て、少し緊張気味に座っている。

「突然すみません」
「いえ、大丈夫です」

 彼女の前には一人の青年が座っていた。さらりと揺れる白髪と不思議な目。首元に結ばれた赤く大きいリボンタイ。紅茶が注がれたカップを持つ手には手袋がはめてある。
 不思議な風貌ではあるが、ずいぶん美しい容姿だったので、高橋はどうも固くなってしまった。

「……それで、話というのは?」

 沈黙に耐え切れず、此方から切り出した。すると、今までにこやかだった青年は眉を下げる。

「『人喰らいのサーカス』という話を知っていますか?」

 ピシリと固まる空気。町でその話をしてはいけないという暗黙のルールを、この人は知らないらしい。

「場所を変えましょう。……稽古場へ行きます」






 町のはずれにある、大小様々なテント。その一角に悠と青年が入っていった。
 一見ガラクタに見える物を隅に押しやり、出来たスペースに二組の椅子を置く。青年は飲み物を用意しようとする悠を引き止め、申し訳なさそうに話を促した。

「町でその話をするのはタブーなんです。えっと、……知っているか、いないかなら、勿論知ってます」
「詳しく教えてもらえませんか?」
「良いですけど……お名前、伺っても?」

 悠はこのサーカス団の唯一の踊り子だ。万が一何かに巻き込まれるようなことがあれば団員に迷惑がかかる。
 自分の出番を終え、舞台袖から自室に戻る悠を引き止めたのがこの青年だった。

「アレン・ウォーカーです。旅の途中で不思議な話を聞いたので、興味が沸いてしまって」
「……そうですか」

 人攫いの類ではなかったようだ。内心ほっとしながら、悠は問いかけた。

「『人喰らいのサーカス』というのは……そうですね、簡単に言えば、あるサーカスを見に行った人が、翌日もサーカスを見に行き、そのまま帰ってこなくなる……という話です」
「そのサーカスというのは……」
「間違いなく、ここですね」

 現在この町に滞在しているサーカス団は一つしかない。無論、悠が所属しているサーカス団だ。
 青年が息を呑んだのを見て、話を切り上げようか迷った。しかし、その両目が鋭くなったのを確認し、続きを話し始めた。

「その『喰らわれてしまった人』なんですが、いずれも夜に家を出ているんです。このサーカスは夜に開演することはありません。"サーカスを見にいかなければ"という言葉を残し、人々は消える……」
「なるほど……。そういえば、踊り子さんって悠さんしかいませんでしたよね? どうして、ですか」

 言葉につまった。ひらりとはためく衣装の煌めきが脳内を駆け巡る。思い起こすのは、満面の笑みで手を振る少女。焦燥の混じった可憐な瞳。
 あきらかに様子のおかしい悠を見て、アレンは慌てて問いを取り消した。しかし彼女は構わないと言って話し始める。

「元々、此処には二人の踊り子がいたんです。一人は私。もう一人は、このサーカスの花形だった、とても綺麗な子。踊りも凄く上手で……私の憧れでした」
「その人は今……」
「亡くなりました。稽古中に足を滑らせた私を助けて、代わりに……代わりに、あの子が頭を打ちました」

 青年は泣きそうな顔をした。その唇から謝罪の言葉が漏れる。しかし、悠は首を振って笑った。

「二人の踊り子がいたのを知っている人は、もう殆どいません。一人でも多くの人に憶えていて欲しいんです。私の憧れで、大切だった人を」

 青年は何かを言いかける。しかし開演準備の鐘が鳴り響いたので、悠は申し訳なさそうに立ち上がった。

「良かったら見ていってください。……喰らわれるかもしれないけれど」
「必ずいきますよ」

 アレンは静かな笑みを湛え、しっかりと頷いた。もしかして、この午後の開演が最後だと知っていたのだろうか。
 気にしてもしょうがない。今は踊りのことだけ考えよう。
 
 入り口の布を押し上げようと手を伸ばした。しかし、それより先に入り口が開く。見上げると、青年の手が布を押し上げていた。

「どうぞ」
「は、はい」

 一瞬重なったアリスブルーの瞳に絡めとられる。星屑を散らしたような輝きが、何故か恐怖を煽った。それと同時に、とくんと高鳴る鼓動。

(集中しなきゃいけないのに……!)

 相手の顔を見ないようにお辞儀をして、足早に舞台へ向かった。草が絡まり上手く歩けない。こんなことで動揺する自分が恥ずかしかった。

「……はあ」

 青年はため息をついて、自分の左手を見つめた。ちり、と疼いた左目は、確かに"それ"を認識した。誤作動なんて、ありえない。自分のすべきことはただ一つだ。






「我らが姫、踊り子悠の舞い! 貴方を夢の世界へお連れしましょう!」

 団長の言葉と同時に、舞台の上へ躍り上がる。強烈な光に目が眩んだけれど、気にしている暇は無い。ふわりと揺れるレースの端を持ち上げ、一礼。一歩下がってターン、ステップ、ステップ、ターン。腰の花飾りから花弁が舞った。あの子と同じ薔薇。踊りは上手でなかったけれど、あの子がいるだけで舞台は明るくなった。いつでも私を褒めてくれた。憧れだといってくれた。貴方だって充分素敵な人だったのに。私がいなくたって貴方は一人でやっていけたわ。呼び戻そうなんて、思ってくれるだけで良かったの。

 いつの間にか夜になっていた。視線を降ろすと、沢山の赤、赤、赤―――薔薇の花弁が散らばっている。
 次のステップを踏もうとして、やめた。観客席には誰もいない。一人を除いて。

「悠さん、貴方……アクマだったんですね」
「……はい、そうみたいです」

 照明の灯が白髪に反射して、優しい輝きを放っている。ヴン、という重低音の後に、青年の左手が大きく変化した。―――あれが、私を殺すのね。
 くるりと回って、最初と同じようにお辞儀をする。出来るだけ美しく、明るく、あの子のように微笑んだ。

「さよなら」
「……おやすみなさい、」



ばら色のベールの中で



♪ 演劇テレプシコーラ/ハチ
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -